2026.06.15 更新
第227回 余生その2
娘が「私がこの実家2Fで『整体業』やる。お父さんが大家、私が店子」。
ヘッドスパ、椅子ヨガなど、時代に合わせた新整体が模索されている事と、整体リクエストの患者からの「地の利」、それは東寺南門前(=21日弘法さん)という説明不要な場所柄が決め手だったよう。
深読みすると、大家に不測の事態が発生しても、発見が早いと言うオマケもある。
話が決まると、さて再び我が家の断捨離。
2Fの2/3をそれに充て、私の部屋は残り1/3。
過去の断捨離で、1Fは会合用と懇親用と分けていた。
何より、1Fと2F利用者がダブることが、効率的と言うか相乗効果というかこの家屋全体が「地の利」から「人の利」に変化するのが楽しみ。人が集い、体を労わる。
43年前,亡妻・千代野が選んだこの家。そして30年前この家で倒れていた妻、その第一発見者が中1になりたてのこの娘。家屋自身はガタつきつつあるが、その因縁と世代継承の未来を感じる。
患者の多くは、我が家のこの30年を知っている人になるだろうし、この展開には、亡妻もきっと喜んでいるだろう。
修繕と広報など今年中準備して、来年2/16(亡妻の誕生日)か、4/19(倒れて障碍者になった日)のオープン目指す。
千代野没10年目の朗報、「千の風」が舞い降りた。
この娘の指圧の指先は、千代野の血が繋がれている。
ヘッドスパ、椅子ヨガなど、時代に合わせた新整体が模索されている事と、整体リクエストの患者からの「地の利」、それは東寺南門前(=21日弘法さん)という説明不要な場所柄が決め手だったよう。
深読みすると、大家に不測の事態が発生しても、発見が早いと言うオマケもある。
話が決まると、さて再び我が家の断捨離。
2Fの2/3をそれに充て、私の部屋は残り1/3。
過去の断捨離で、1Fは会合用と懇親用と分けていた。
何より、1Fと2F利用者がダブることが、効率的と言うか相乗効果というかこの家屋全体が「地の利」から「人の利」に変化するのが楽しみ。人が集い、体を労わる。
43年前,亡妻・千代野が選んだこの家。そして30年前この家で倒れていた妻、その第一発見者が中1になりたてのこの娘。家屋自身はガタつきつつあるが、その因縁と世代継承の未来を感じる。
患者の多くは、我が家のこの30年を知っている人になるだろうし、この展開には、亡妻もきっと喜んでいるだろう。
修繕と広報など今年中準備して、来年2/16(亡妻の誕生日)か、4/19(倒れて障碍者になった日)のオープン目指す。
千代野没10年目の朗報、「千の風」が舞い降りた。
この娘の指圧の指先は、千代野の血が繋がれている。
2026.06.01 更新
第226回 余生その1
ベストセラー「棺桶まで歩こう」を、人から勧められて読んだ。
文庫本200ページ、高齢者向けか文字も大きく、目次見て斜め読み30分。
要は「歩けない人は2~3年、とぼとぼ歩きは5年、しっかり歩ける人は10年の余命」と言う事。そうだろうなの実感を持ちつつ、ビックリしたのは本など読まないタイプも娘も人に勧められ読み「お父さんは、あと10年クラスやな~」。褒め言葉か嫌がられているのはわからないが。
さて、あと5~10年余命をどうするかは、3年前会社倒産・債務整理後から考えていた。
何歳まで生きられるか?会社の倒産(させた)で預貯金と言う貯えは無い。乏しい年金でどう暮らすのか?高齢者向けと言うより、私に見合った仕事あるのか?(人は「アンタは人に使われるのは向かん、無理。一人で何かやるしかない」と冷言(但し、妙に当たっているので納得)。これら自分の身の上以上に、この持ち家自宅でずっと住み続けるのか?
信頼おける不動産屋のアドバイスから査定・アドバイスも聞いた。
何せ、京都駅の北側と南側は一番の地価高騰区域。特に南側の新幹線南の地域から、府下南部、大阪奈良へ繋がる交通網も加味され、目の前は東寺と言う申し分ないこの地域なので、業者間では転売価格はどうにでもなる狙い目。但し、転売後その高齢男性一人が入居できる賃貸物件は無いとバッサリ。要は孤独死敬遠が業界の常。つまり行き場は高価な入居施設しかない。これらの話には三人の子どもたちも同席させた。遺言めいたメモは既に用意している。「覚悟しているように、残す財産は無い。ただこの家屋の有効利用は何か…」で思考は止まっていた。で、結局何より余命は後何年…?に戻る。
ただ、心身ともカッコよくはモットーにしているので、身体だけはスッキリしておこうと、歩く、走る、泳ぎ、ストレッチなどの基本動作は心がけていた。
昨年ある高齢者団体機関紙に、我が家を「『地の利』から『人の利』へ。つまり人が集う場を提供する。それが亡妻も喜ぶだろう」と寄稿したのが意外と反響あった。
「男やもめに蛆がわく」、「一人暮らしのおっさん宅に行く人はいない」、「プライバシーもあり、自宅解放などしない」…。しかし私の価値観は真逆。これは広告20年、旅行30年営業畑という経歴と、長い社会運動の経験で、人の出会いことを苦にしないと言うか、楽しむ異質さから来ているかもしれない。加えて「妻の介護20年」で無数の方々のお世話になったほんの恩返しの気分もある。
そんな時… (つづく)
文庫本200ページ、高齢者向けか文字も大きく、目次見て斜め読み30分。
要は「歩けない人は2~3年、とぼとぼ歩きは5年、しっかり歩ける人は10年の余命」と言う事。そうだろうなの実感を持ちつつ、ビックリしたのは本など読まないタイプも娘も人に勧められ読み「お父さんは、あと10年クラスやな~」。褒め言葉か嫌がられているのはわからないが。
さて、あと5~10年余命をどうするかは、3年前会社倒産・債務整理後から考えていた。
何歳まで生きられるか?会社の倒産(させた)で預貯金と言う貯えは無い。乏しい年金でどう暮らすのか?高齢者向けと言うより、私に見合った仕事あるのか?(人は「アンタは人に使われるのは向かん、無理。一人で何かやるしかない」と冷言(但し、妙に当たっているので納得)。これら自分の身の上以上に、この持ち家自宅でずっと住み続けるのか?
信頼おける不動産屋のアドバイスから査定・アドバイスも聞いた。
何せ、京都駅の北側と南側は一番の地価高騰区域。特に南側の新幹線南の地域から、府下南部、大阪奈良へ繋がる交通網も加味され、目の前は東寺と言う申し分ないこの地域なので、業者間では転売価格はどうにでもなる狙い目。但し、転売後その高齢男性一人が入居できる賃貸物件は無いとバッサリ。要は孤独死敬遠が業界の常。つまり行き場は高価な入居施設しかない。これらの話には三人の子どもたちも同席させた。遺言めいたメモは既に用意している。「覚悟しているように、残す財産は無い。ただこの家屋の有効利用は何か…」で思考は止まっていた。で、結局何より余命は後何年…?に戻る。
ただ、心身ともカッコよくはモットーにしているので、身体だけはスッキリしておこうと、歩く、走る、泳ぎ、ストレッチなどの基本動作は心がけていた。
昨年ある高齢者団体機関紙に、我が家を「『地の利』から『人の利』へ。つまり人が集う場を提供する。それが亡妻も喜ぶだろう」と寄稿したのが意外と反響あった。
「男やもめに蛆がわく」、「一人暮らしのおっさん宅に行く人はいない」、「プライバシーもあり、自宅解放などしない」…。しかし私の価値観は真逆。これは広告20年、旅行30年営業畑という経歴と、長い社会運動の経験で、人の出会いことを苦にしないと言うか、楽しむ異質さから来ているかもしれない。加えて「妻の介護20年」で無数の方々のお世話になったほんの恩返しの気分もある。
そんな時… (つづく)
2026.05.15 更新
第225回 受付
広告会社20年、旅行会社30年の計50年の営業活動で、先輩からも言われ、後輩にも教え繋いだのは「受付の人を大事にしろ」だ。
企業、団体の大小問わず、そのトップやお偉方だけでなく、否それ以上に訪問時や代表電話にすぐ出て、担当者に引継ぎ組織の全てを知り尽くしている人の事だ。要は、組織幹部よりこの人たちがその組織の上下表裏を全部知っている。例えば誰誰と誰誰は仲良い,仲悪い。誰誰は何曜日に何時には在所しているとか全部知っている人、それは組織の縦社会では目立たないが、組織の要である人だ。
実はある高齢者団体で昨冬までは電話口に出ていた人が、今春急逝したと聞いた。その彼女は見事に上述の人だった。今その組織は人材募集しているが、そんな補充とかの数の問題でなく、その方が持っていた組織全般の集約能力と言う質の問題だと思うが、余計なおせっかいは無難と黙っている。と、ここまでがイントロ。
今年の「4/19」、宇治で講演した。妻が最初倒れてからちょうど30年目の4月19日に。
50人ばかりの参加者に、冒頭レジメ指さしながらその事を紹介した。かなりの人の視線は先にレジメ、そして顔を上げ私の方を向いた。よく言われる話の冒頭の最初の「つかみ」成功だ。
話している最中に誰か旧知はいないかと、会場全体を見くばせしていると、居た居た。
亡妻と同じ女声合唱団員、約30年ぶりだろうか。気になったのはその隣席の女性。二人は途中顔を見合わせていたので知人だろう。1時間半の講演後、その団員と再会の挨拶、そして彼女に「あの人誰?」と聞くと、何と地元新聞労組の書記さんだった。私「エエッ、Tさん」、」彼女「そうよ、家近所なの」。Tさんがニコニコと近づいて来て「今日の講演者、冨田さんと聞き、ビックリ」して来たという。ビックリしたのはこっちの方だ、…広告会社時代だから約40年ぶり…。地元紙の労組専従書記さんだから、労使間だけでなく地元紙事情の表裏何でも知っていた。
この彼女と私の大仕事は、1986年8月12日+19日両日の新聞3ページに及ぶ個人名記載の計12,642人賛同の「国家秘密法反対意見広告」だ。
このテーマでこの地元紙は労使の垣根を越えて社員が個人名で賛同、なので事務局もこの労組事務所、専従書記の彼女はその主だった。
今再会して、11年前(2015年)のニューヨークタイムズ意見広告、その勢いで翌月沖縄二紙へ意見広告を続けたことを知らせた。そして何より、ニューヨークタイムズ意見広告成功のカギになった告知記事書いてくれたのが、当時労組副委員長だったKさん。このKさんが、翌2016年の拙著から、冬の妻の追悼コラム、そして「腑抜けNO会」発足記事を書いてくれた事。だから今日、こうして宇治に居る事を興奮して喋った。
そして今、そのKさんは社説書く論説委員になっているが、その社屋は60年経過して老朽化解体と言う衝撃的なニュース聞いた。
翌日、その場所は解体作業告知ステッカー。3年かかると言う。跡地はホテルになると言う。
私が55年前京都に来た時、配属された読聞販売店店主が「京都はこの新聞が強すぎる。見て見ろ!この9階建ての凄い社屋を」。
そして31年前の阪神淡路大震災時、建物損壊の神戸新聞社から、地元紙協定の下、苦労して神戸から京都へ陸送された原稿・版下を代わりに印刷したこの新聞社が解体される。
… 一時代が終わった…。
企業、団体の大小問わず、そのトップやお偉方だけでなく、否それ以上に訪問時や代表電話にすぐ出て、担当者に引継ぎ組織の全てを知り尽くしている人の事だ。要は、組織幹部よりこの人たちがその組織の上下表裏を全部知っている。例えば誰誰と誰誰は仲良い,仲悪い。誰誰は何曜日に何時には在所しているとか全部知っている人、それは組織の縦社会では目立たないが、組織の要である人だ。
実はある高齢者団体で昨冬までは電話口に出ていた人が、今春急逝したと聞いた。その彼女は見事に上述の人だった。今その組織は人材募集しているが、そんな補充とかの数の問題でなく、その方が持っていた組織全般の集約能力と言う質の問題だと思うが、余計なおせっかいは無難と黙っている。と、ここまでがイントロ。
今年の「4/19」、宇治で講演した。妻が最初倒れてからちょうど30年目の4月19日に。
50人ばかりの参加者に、冒頭レジメ指さしながらその事を紹介した。かなりの人の視線は先にレジメ、そして顔を上げ私の方を向いた。よく言われる話の冒頭の最初の「つかみ」成功だ。
話している最中に誰か旧知はいないかと、会場全体を見くばせしていると、居た居た。
亡妻と同じ女声合唱団員、約30年ぶりだろうか。気になったのはその隣席の女性。二人は途中顔を見合わせていたので知人だろう。1時間半の講演後、その団員と再会の挨拶、そして彼女に「あの人誰?」と聞くと、何と地元新聞労組の書記さんだった。私「エエッ、Tさん」、」彼女「そうよ、家近所なの」。Tさんがニコニコと近づいて来て「今日の講演者、冨田さんと聞き、ビックリ」して来たという。ビックリしたのはこっちの方だ、…広告会社時代だから約40年ぶり…。地元紙の労組専従書記さんだから、労使間だけでなく地元紙事情の表裏何でも知っていた。
この彼女と私の大仕事は、1986年8月12日+19日両日の新聞3ページに及ぶ個人名記載の計12,642人賛同の「国家秘密法反対意見広告」だ。
このテーマでこの地元紙は労使の垣根を越えて社員が個人名で賛同、なので事務局もこの労組事務所、専従書記の彼女はその主だった。
今再会して、11年前(2015年)のニューヨークタイムズ意見広告、その勢いで翌月沖縄二紙へ意見広告を続けたことを知らせた。そして何より、ニューヨークタイムズ意見広告成功のカギになった告知記事書いてくれたのが、当時労組副委員長だったKさん。このKさんが、翌2016年の拙著から、冬の妻の追悼コラム、そして「腑抜けNO会」発足記事を書いてくれた事。だから今日、こうして宇治に居る事を興奮して喋った。
そして今、そのKさんは社説書く論説委員になっているが、その社屋は60年経過して老朽化解体と言う衝撃的なニュース聞いた。
翌日、その場所は解体作業告知ステッカー。3年かかると言う。跡地はホテルになると言う。
私が55年前京都に来た時、配属された読聞販売店店主が「京都はこの新聞が強すぎる。見て見ろ!この9階建ての凄い社屋を」。
そして31年前の阪神淡路大震災時、建物損壊の神戸新聞社から、地元紙協定の下、苦労して神戸から京都へ陸送された原稿・版下を代わりに印刷したこの新聞社が解体される。
… 一時代が終わった…。
2026.04.30 更新
第224回 指圧
ある指圧師が言っていた。「指圧中の指先だけで、この患者は自分と相性が合う合わないかが
わかる。その指圧後何度か話をするとそれがほぼビンゴだ」。話すより前に指先で相手の性格・人間がわかると言う。へえ~と思う。
娘がヘッドスパを始めたと言って、実験台になった。「ヘッドスパ」つまり、頭骸骨に特化した揉みほぐし。その理由はなるほどと共感する。つまり、未曾有のスマホ・SNS時代、眼に加え首と肩と背中の骨、筋肉疲労が近年中この国を覆う。眼だけでなく頭蓋骨の首周りの疲労だ。年齢は広範囲。一般的に高齢者の腰膝などのケアと違い、体の一番上部の特定部位に特化した指圧とでも言うのか。
気持ち良い。気持ち良いとは適度な凝りに対して適度な圧だからだそうだ。これがツボに入ると「痛っ」と叫び声が出る。私の場合左の耳から首下にかけて。耳も左右で凝り方が違うと娘は言う。左耳の方が固いと。フーン。
この左首下から左肩、そして左腕にその凝りが続いている。プールでのクロール、息つぎ左だからそうかもしれない。息つぎを左右でやるほど器用でない。試しに右でやると体が沈む。娘は強調する。痛い所=ツボだけ圧をかけても効果ない。体全体の神経、筋肉の流れで、この痛みはどの部位から来ているか?それを瞬時にわかるだけの整体学をマスターし、目の前の患者に理解さすかだと。納得。
ふと、物事もしかり。
目の前の現象、取り分け困難な事象は、目の前の処置だけでは再燃の恐れがある。そんな時熟慮してその根源まで逆にたどり着き、それを根本から絶つ。その思考力が試される。
さて話は戻って、指圧整体はお金かかるが、只(無料)の方法は、私が最近やっている「孫の手」がそうで、凝りが和らいでいるので、効果があると実感できている。
痒い所をかくの物でなく、棒の先にゴルフボールみたいのが付いている奴だ。これでトントンやると気持ち良い。不思議とこのトントンのおかげで目下、私の左首下から肩は心地よくなってきている。
皆さんもどうぞ。本稿執筆中もトントン、「♭~父さん、お肩をたたきましょう~♯」
わかる。その指圧後何度か話をするとそれがほぼビンゴだ」。話すより前に指先で相手の性格・人間がわかると言う。へえ~と思う。
娘がヘッドスパを始めたと言って、実験台になった。「ヘッドスパ」つまり、頭骸骨に特化した揉みほぐし。その理由はなるほどと共感する。つまり、未曾有のスマホ・SNS時代、眼に加え首と肩と背中の骨、筋肉疲労が近年中この国を覆う。眼だけでなく頭蓋骨の首周りの疲労だ。年齢は広範囲。一般的に高齢者の腰膝などのケアと違い、体の一番上部の特定部位に特化した指圧とでも言うのか。
気持ち良い。気持ち良いとは適度な凝りに対して適度な圧だからだそうだ。これがツボに入ると「痛っ」と叫び声が出る。私の場合左の耳から首下にかけて。耳も左右で凝り方が違うと娘は言う。左耳の方が固いと。フーン。
この左首下から左肩、そして左腕にその凝りが続いている。プールでのクロール、息つぎ左だからそうかもしれない。息つぎを左右でやるほど器用でない。試しに右でやると体が沈む。娘は強調する。痛い所=ツボだけ圧をかけても効果ない。体全体の神経、筋肉の流れで、この痛みはどの部位から来ているか?それを瞬時にわかるだけの整体学をマスターし、目の前の患者に理解さすかだと。納得。
ふと、物事もしかり。
目の前の現象、取り分け困難な事象は、目の前の処置だけでは再燃の恐れがある。そんな時熟慮してその根源まで逆にたどり着き、それを根本から絶つ。その思考力が試される。
さて話は戻って、指圧整体はお金かかるが、只(無料)の方法は、私が最近やっている「孫の手」がそうで、凝りが和らいでいるので、効果があると実感できている。
痒い所をかくの物でなく、棒の先にゴルフボールみたいのが付いている奴だ。これでトントンやると気持ち良い。不思議とこのトントンのおかげで目下、私の左首下から肩は心地よくなってきている。
皆さんもどうぞ。本稿執筆中もトントン、「♭~父さん、お肩をたたきましょう~♯」
2026.04.15 更新
第223回 苦しい人と共に
最近知り合った人から意外な一言、「私30年位前、近くの区役所の福祉事務所で働いていたんです。だから富田さんとは、当時役所ですれ違っていたかもね…」。
確かに、妻が倒れた96年から翌年にかけてよく区役所には相談に足繁く通っていた。それでも「お宅の奥さんは50歳と年が若く、概ね65歳以上を対象とする京都市の高齢者施策からは『若すぎて無理』です。施策外です」と事も無げに切り捨てられていた。担当者が違えども同じ回答の繰り返し。
そんな時期に、この目の前の彼女は同じ空間に居たんだ。実はこの彼女の「会」で4/19講演するのだ。妻が最初に倒れた日=4/19.に。…不思議な気がする。
この後の彼女の話が面白い。
生活保護担当だと色んな人が窓口に来る。生活困窮者は当然として、巷でよく言われるその保護費目当ての不逞の輩も。その当時の幾多のマニュアル聞くと漫才風で笑いが止まらない。更に彼女は、目の前の生活困窮者に情が移るとどんどん深みにはまる、さりといぇ制度を盾に深入りしない…。などこんな仕事続けていたら精神的に参ってしまうと退職の時期を伺いつつ、退職理由として仕事の失敗とまで考えていた。なので不逞な輩との対応も苦にならず、逆にそれで失敗したらめでたく辞めれると、変な覚悟、肝が据わった対応が、皮肉にも仲間上司から評価され頼られ続けたと言う。人生皮肉な物だ。
その彼女から「20年位前、大阪の西成地区から多く相談に来た時期があった。何でも今のJR西大路駅近くの病院は、貧乏人に優しく親身に相談に乗ってくれると西成で評判になり、仲間内で交通費出し合って大阪から京都まで来る。そして病院の相談員が、当事者とよくこの役所の窓口に来ていた…」私はピンときた「その相談員ってSさんでしょう」。ビンゴだった。
困窮者は恩を忘れない。
2008年京都市南区市議補選、Sさんは請われるままに出馬し一騎打ちで見事当選。
相手は、まだ現場の苦労も知らない保育園経営者の二世。この候補者二人の履歴で、勝負は既についていた。当時S選対が付けたフレーズ・「生活相談1万件のSさん」得票数は何故かほぼ同数だった。
このSさんも中々の強者で、二期だけ市議をやり「議会の堅苦しい質疑だけでは貧者は救われない。やっぱり自分は現場が似合っている」と三期目を勇退し、今でも生活困窮者のために、「年取って足腰痛い」と言いつつ、ママチャリで南区を動き回っている。
覚悟の座った人は強い。
確かに、妻が倒れた96年から翌年にかけてよく区役所には相談に足繁く通っていた。それでも「お宅の奥さんは50歳と年が若く、概ね65歳以上を対象とする京都市の高齢者施策からは『若すぎて無理』です。施策外です」と事も無げに切り捨てられていた。担当者が違えども同じ回答の繰り返し。
そんな時期に、この目の前の彼女は同じ空間に居たんだ。実はこの彼女の「会」で4/19講演するのだ。妻が最初に倒れた日=4/19.に。…不思議な気がする。
この後の彼女の話が面白い。
生活保護担当だと色んな人が窓口に来る。生活困窮者は当然として、巷でよく言われるその保護費目当ての不逞の輩も。その当時の幾多のマニュアル聞くと漫才風で笑いが止まらない。更に彼女は、目の前の生活困窮者に情が移るとどんどん深みにはまる、さりといぇ制度を盾に深入りしない…。などこんな仕事続けていたら精神的に参ってしまうと退職の時期を伺いつつ、退職理由として仕事の失敗とまで考えていた。なので不逞な輩との対応も苦にならず、逆にそれで失敗したらめでたく辞めれると、変な覚悟、肝が据わった対応が、皮肉にも仲間上司から評価され頼られ続けたと言う。人生皮肉な物だ。
その彼女から「20年位前、大阪の西成地区から多く相談に来た時期があった。何でも今のJR西大路駅近くの病院は、貧乏人に優しく親身に相談に乗ってくれると西成で評判になり、仲間内で交通費出し合って大阪から京都まで来る。そして病院の相談員が、当事者とよくこの役所の窓口に来ていた…」私はピンときた「その相談員ってSさんでしょう」。ビンゴだった。
困窮者は恩を忘れない。
2008年京都市南区市議補選、Sさんは請われるままに出馬し一騎打ちで見事当選。
相手は、まだ現場の苦労も知らない保育園経営者の二世。この候補者二人の履歴で、勝負は既についていた。当時S選対が付けたフレーズ・「生活相談1万件のSさん」得票数は何故かほぼ同数だった。
このSさんも中々の強者で、二期だけ市議をやり「議会の堅苦しい質疑だけでは貧者は救われない。やっぱり自分は現場が似合っている」と三期目を勇退し、今でも生活困窮者のために、「年取って足腰痛い」と言いつつ、ママチャリで南区を動き回っている。
覚悟の座った人は強い。





