2026.01.15 更新
第217回 「TOKYOタクシー」
タイトルは93歳の山田洋次監督91作目の作品で、松竹創業130年記念作品でもある。
実年齢84歳の倍賞千恵子が85歳役を演じ、生まれた東京下町から神奈川・葉山の高級老人ホームに向かう中、見納めの東京の思い出の地を巡りながら個人タクシー運転手・木村拓哉へ人生を振り返えり語るロードムービー仕立て。運転手は代理業務で当日行先も告げられてなく、スタートは葛飾柴又だけ。実車後目的地は神奈川葉山と知り、HWなら2時間と踏んだが、客は人生最後の東京を色々廻りたいと言う。いつもの木村拓哉のふてくされた表情が良い。
若き日の恋、その恋人の北朝鮮帰還、再婚者からの自身といわゆる連れ子への暴言暴力、あげくにはその再婚者への殺人未遂で服役、そしてその息子の事故死、全てをやり直すため片道切符の渡米、幸運な事業の成功。そして今、一人ぽっちで終活に向かう姿などを織り交ぜている良心作だが、どうも…。
そもそも山田監督は、ご存知寅さんシリーズの集大成「お帰り寅さん」で、映画監督を事実上引退かと思っていたが、その後も撮り続けの93歳。いつまでやるんだろう?巷で言われる松竹00年記念作は興行的に安定している山田監督に頼り切っていて、その呪縛から逃れられないとか…?でも、84歳、93歳のコンビも。加えて山田組(「寅さん」スタッフ、キャスト)にも寿命はある。つまり音楽、照明、小道具など総合芸術の映画にかかせない各パートの達人たちが引退して、内外で数々の映画賞を受賞してきた山田組カラーを出せなくなる時だ。
さて日本映画と言えば、先日仲代達也さんが先日93歳で亡くなった。本人自身の出演作の一番は、小欄153回でも紹介した「切腹」だと。そして能登を第二の故郷と称して「能登演劇堂」を作った。その思いは七尾市役所入口の碑文にある。何より役所広司などの後輩を輩出する無名塾を主宰した。その時から、自分のポリシーの継承を考えていた。
仲代の実質的俳優人生は、黒澤明作品初出演の「七人の侍」のセリフ無しの歩くだけの素浪人役。ただ数秒歩くだけのシーンに6時間のダメ出しから始まった。それがその後の黒澤作品・「用心棒」では堂々準主役抜擢となった。(3年前の日本記者クラブ記者会見・役者人生70年 参照)この頑固一徹、徹底的な本物へのこだわりの黒澤の映画作りの系譜に山田洋次もいる。しかし、今回の作品は各テーマと、全体を覆う「終活」ともその関連と一貫性、リアリティーさが曖昧に感じる。なので市井の人々へのやさしい眼差し送り続けた山田カラーの継承はどうかと不安になる。
「TOKYOタクシー」の終末の急逝の様な「終活」は、山田作品にもやがてやってくるのだろう。そんな気がする。
実年齢84歳の倍賞千恵子が85歳役を演じ、生まれた東京下町から神奈川・葉山の高級老人ホームに向かう中、見納めの東京の思い出の地を巡りながら個人タクシー運転手・木村拓哉へ人生を振り返えり語るロードムービー仕立て。運転手は代理業務で当日行先も告げられてなく、スタートは葛飾柴又だけ。実車後目的地は神奈川葉山と知り、HWなら2時間と踏んだが、客は人生最後の東京を色々廻りたいと言う。いつもの木村拓哉のふてくされた表情が良い。
若き日の恋、その恋人の北朝鮮帰還、再婚者からの自身といわゆる連れ子への暴言暴力、あげくにはその再婚者への殺人未遂で服役、そしてその息子の事故死、全てをやり直すため片道切符の渡米、幸運な事業の成功。そして今、一人ぽっちで終活に向かう姿などを織り交ぜている良心作だが、どうも…。
そもそも山田監督は、ご存知寅さんシリーズの集大成「お帰り寅さん」で、映画監督を事実上引退かと思っていたが、その後も撮り続けの93歳。いつまでやるんだろう?巷で言われる松竹00年記念作は興行的に安定している山田監督に頼り切っていて、その呪縛から逃れられないとか…?でも、84歳、93歳のコンビも。加えて山田組(「寅さん」スタッフ、キャスト)にも寿命はある。つまり音楽、照明、小道具など総合芸術の映画にかかせない各パートの達人たちが引退して、内外で数々の映画賞を受賞してきた山田組カラーを出せなくなる時だ。
さて日本映画と言えば、先日仲代達也さんが先日93歳で亡くなった。本人自身の出演作の一番は、小欄153回でも紹介した「切腹」だと。そして能登を第二の故郷と称して「能登演劇堂」を作った。その思いは七尾市役所入口の碑文にある。何より役所広司などの後輩を輩出する無名塾を主宰した。その時から、自分のポリシーの継承を考えていた。
仲代の実質的俳優人生は、黒澤明作品初出演の「七人の侍」のセリフ無しの歩くだけの素浪人役。ただ数秒歩くだけのシーンに6時間のダメ出しから始まった。それがその後の黒澤作品・「用心棒」では堂々準主役抜擢となった。(3年前の日本記者クラブ記者会見・役者人生70年 参照)この頑固一徹、徹底的な本物へのこだわりの黒澤の映画作りの系譜に山田洋次もいる。しかし、今回の作品は各テーマと、全体を覆う「終活」ともその関連と一貫性、リアリティーさが曖昧に感じる。なので市井の人々へのやさしい眼差し送り続けた山田カラーの継承はどうかと不安になる。
「TOKYOタクシー」の終末の急逝の様な「終活」は、山田作品にもやがてやってくるのだろう。そんな気がする。
2026.01.01 更新
第216回 「喪の旅」出版記念講演会
久しぶりに私が力を入れた企画だった。
第一に、2018年発足の「腑抜けNO会」が、昨秋の朝日新聞全国版紹介が同種の事例と共に一冊の本として記録される事。これは、2016年皮肉にも妻の急逝直前の「私と介護」と同様だが、当時の介護を17事例の著名人の中の一つで扱われ、それら事例も庶民の生の苦しみにはもう一つの文章が多かった。
第二に、編著作者自身が、急逝の夫の事を正直に書き、その苦しみの中から導き出したワード「喪の旅」が非常に新鮮で、そこから新聞連載となった事。
そしてついには、この編著者は新聞社を退職して、この道=グリーフケア=「喪の旅」研究者の道を選ぶ覚悟に感服した事。つまり新聞記者自身の余りある手持ち企画の範疇から、自らの今後の生き方を選択した驚き。
第三は、著書内29事例中同じ境遇の人々を組織化、つまり伴侶を失った個人が集い集団化、グループ化したのは、東京とこの我々の二つだけ。つまり関西では唯一という事。
第四は、出版後編著者の全国初講演会だと言う事。
なので、我々「腑抜けNO会」の初主催企画として、京都の関連団体個人に呼びかけた。
それは今回企画を機に、我々を知り、賛助会員にも発展したらよいとの気持ちもあった。
時は、昨年末12月20日。京都近郊からも地の利が良い京都駅近くで、人口庭園の一角。
この日程設定も上手くはまった。今夏この話を聞いた時は今秋出版予定が、現実的には遅れ最終的には11月21日販売日となり、丁度その1ヶ月後の講演会と絶妙のタイミングとなった。その兆候は、本の表紙が明らかになった11月中旬、会員向け案内の反応でジワリと感じ始めた。例えば8年前「会」発足以来、多忙な会員の一人で、年1回の会費振込用紙備考欄にはよく「中々参加出来ないが、いつも気にかけています」と言う人が、ついには参加するとか。京都市社会福祉協議会で知った方々など、その人々の琴線に触れたのだ。
かくして、当日。
会員19人、一般の方19人の計38人。この本を当日テキストにしていて、この日に参加者は初めて見るので当然と言えば当然だが、会場で16冊普及。この普及数は翌日講師からのお礼メールで「11月中旬に本が出来た後の、大阪兵庫での100人規模での講義で10冊売れるかどうかだった」。なので「40人規模で16冊」は新記録なのだろう。
もう一つの驚きは、新聞事前告知記事での反響。地元紙は数行の行数物で全く反応なし。
だが、講師出身新聞は、本の写真入りもあり1Ⅰ人の参加希望の反応!ビックリした。
講演は、伴侶を亡くすと言う同じ体験者が安心して話せる場は、独りでなく今後の生きていく知恵になる。そして時間と共に変わっていく悲しみの質は変わっても、亡き人とのつながりを持って生きていく。その力を本人が持っていると強調された。
その後の会場からの声も活発だった。得に男性から「男は女に比べて弱い。一人の夕食は寂しい」、「亡妻が出てくる夢が楽しみ」など率直な発言に、講師も感動されていた。
その証拠はその夜、私の元に会員、一般参加者から数本のお礼のメールが多く入った事でも明らかだった。
新しい年に、希望の持てる企画だったと言える。
2025.12.15 更新
第215回 大の里の千秋楽休場
同星で優勝争いしていた大の里が九州場所千秋楽決戦の日休場した。
自らの連続優勝を自ら断念せざるを得ない悔しさ、我々素人にはわからない怪我の大きさ。
千秋楽恒例の三役そろい踏みはどうなるのかとか呑気に見ていると、その日のNHK解説者の一人が、放送中本人の無念さは無視し、「安青錦の活躍で、つまらん千秋楽が救われた」にはビックリした。「つまらん千秋楽」にしたのは大の里だと暗に言っている。又、同氏はネットで「自分なら怪我を隠して出場する」とも言い放っている。
私は、これらの発言に不愉快を通り越し恐怖さえ感じた。生放送で現役横綱を下劣な言葉で批判している。力士の体を何と考えているのか?!
土俵際での全力攻防の巨漢同士が土俵下へ落ちてくる。本人達、真下にいる控え力士はもちろん桟敷の観客も危険。何故土俵をもっと低くして、土俵周りを広くしてマット引くなり眼に見える安全策を取らないか、場所前話題になった女人禁制など数々の疑問には「伝統」の一言で片づける。数年前京都府下の巡業で力士が倒れ、緊急的に女性の看護師が土俵に上がった。その事が直後から論争となった。目の前の急病人救助で転機を利かしたのが女性と言う理由で。何とも前時代的、命より性別優先か?相撲協会は!
生命の危険までは行かずとも、そんな不備な土俵で日常繰り返される怪我への対応と寄り添わないコメント。怪我した力士に今や公傷制度はなくなり、更に2ヶ月の一度の本場所、その間地方巡業があり、この巡業も「地方の人に相撲に直接触れてもらう」と治療中の力士の参加を半ば強要する。
これでは力士はいつ治療に専念できるのか?!
「盛り上がった土俵」との興行優先、「大関が一人では…」との番付形式主義。
「盛り上がる」って何だろう?番付の形って何だろう?「相撲はただのスポーツじゃない。国技であり神事だ」とも言われる。それは力士の身の安全はどういう関係になるのか?
「怪我は誰でもしている」、「我々の現役の頃は…」と嘯く親方衆。とにかく目の前の力士の体調に心やる発言がない。本音がそうだからだろう。切磋琢磨、自己訓練、競争と言う名で厳しい稽古が合理化される。時には暴力も。
力士を守らないこの解説者、相撲協会はスポーツである相撲を商品としか見ていないし、瞬時の「盛り上げ」のための消耗品とでも思っているのか。
彼らは「熱戦だとお客さんが喜ぶ」と言う。ならばそう出来ない体で出場せざるを得ない力士たち、休めば容赦なく番付は降格する。そして満身創痍での引退に追い込まれる力士たちは枚挙にいとまない。
東横綱と言う当代一の横綱・大の里の判断を酷評した解説者、土俵上での千秋楽協会挨拶で、(その日の)大の里の休場を「遺憾」と言及した理事長。この言は、「怪我をしても優勝争いの横綱なら、その盛り上がりのため出場せよ」との同義語になる。果たして大の里ファンならず、相撲ファンがそれを望んだだろうか?答えはネットで見れる。大の里を守ったのは部屋の師匠・親方一人。この解説者と理事長は、以上の事実と疑問に答えてもらいたい。全国の相撲ファン全てに。
それとも立ち合いの変化で逃げるか?
自らの連続優勝を自ら断念せざるを得ない悔しさ、我々素人にはわからない怪我の大きさ。
千秋楽恒例の三役そろい踏みはどうなるのかとか呑気に見ていると、その日のNHK解説者の一人が、放送中本人の無念さは無視し、「安青錦の活躍で、つまらん千秋楽が救われた」にはビックリした。「つまらん千秋楽」にしたのは大の里だと暗に言っている。又、同氏はネットで「自分なら怪我を隠して出場する」とも言い放っている。
私は、これらの発言に不愉快を通り越し恐怖さえ感じた。生放送で現役横綱を下劣な言葉で批判している。力士の体を何と考えているのか?!
土俵際での全力攻防の巨漢同士が土俵下へ落ちてくる。本人達、真下にいる控え力士はもちろん桟敷の観客も危険。何故土俵をもっと低くして、土俵周りを広くしてマット引くなり眼に見える安全策を取らないか、場所前話題になった女人禁制など数々の疑問には「伝統」の一言で片づける。数年前京都府下の巡業で力士が倒れ、緊急的に女性の看護師が土俵に上がった。その事が直後から論争となった。目の前の急病人救助で転機を利かしたのが女性と言う理由で。何とも前時代的、命より性別優先か?相撲協会は!
生命の危険までは行かずとも、そんな不備な土俵で日常繰り返される怪我への対応と寄り添わないコメント。怪我した力士に今や公傷制度はなくなり、更に2ヶ月の一度の本場所、その間地方巡業があり、この巡業も「地方の人に相撲に直接触れてもらう」と治療中の力士の参加を半ば強要する。
これでは力士はいつ治療に専念できるのか?!
「盛り上がった土俵」との興行優先、「大関が一人では…」との番付形式主義。
「盛り上がる」って何だろう?番付の形って何だろう?「相撲はただのスポーツじゃない。国技であり神事だ」とも言われる。それは力士の身の安全はどういう関係になるのか?
「怪我は誰でもしている」、「我々の現役の頃は…」と嘯く親方衆。とにかく目の前の力士の体調に心やる発言がない。本音がそうだからだろう。切磋琢磨、自己訓練、競争と言う名で厳しい稽古が合理化される。時には暴力も。
力士を守らないこの解説者、相撲協会はスポーツである相撲を商品としか見ていないし、瞬時の「盛り上げ」のための消耗品とでも思っているのか。
彼らは「熱戦だとお客さんが喜ぶ」と言う。ならばそう出来ない体で出場せざるを得ない力士たち、休めば容赦なく番付は降格する。そして満身創痍での引退に追い込まれる力士たちは枚挙にいとまない。
東横綱と言う当代一の横綱・大の里の判断を酷評した解説者、土俵上での千秋楽協会挨拶で、(その日の)大の里の休場を「遺憾」と言及した理事長。この言は、「怪我をしても優勝争いの横綱なら、その盛り上がりのため出場せよ」との同義語になる。果たして大の里ファンならず、相撲ファンがそれを望んだだろうか?答えはネットで見れる。大の里を守ったのは部屋の師匠・親方一人。この解説者と理事長は、以上の事実と疑問に答えてもらいたい。全国の相撲ファン全てに。
それとも立ち合いの変化で逃げるか?
2025.12.01 更新
第214回 コブ
「目の上のたんコブ」とか「コブ付き」とかの言葉は、不要で目障り、もっと言えばない方が良い物の例えで使われる。
そのコブが出来て10数年、数年という曖昧な記憶は、東日本大震災時、緑内症の手術入院時は感じでなかったので、それ以降を指す。孫たちが保育園児の頃、プールの後の風呂場で「じいちゃん、コブあるやん」と、珍しそうに小さな手で触っていた記憶があるので、やはり10年少し前からだろう。部位は、腰の真後ろで背骨の接点で、言い換えればズボンのベルト位置。ベルトの擦りで大きくなった感もある。小さいイボ状態から、れっきとしたコブに膨らんだ。娘も「悪性腫瘍かもしれへんし一度病院行きや」で数年前近くの開業医へ。そこでの紹介状で東福寺近くの大病院へ。その診察は「痛くで我慢できないなら切除しますが」と言う事で、その時点では、急を用する状態でないと診断だった。
そして今何故気になりだしたかというと、就寝時あおむけではこすれて痛い。このままの姿勢ではコブがつぶれて中の膿が出てくるのではないかの不安が大。イスも座り方次第では痛い。加えてほぼ1年になるプール通いで、大鏡で見るとかなり大きいというか、突起物状態で更衣室でどうも変な眼で見られているようだ。
そんな理由で、数年前の大病院へ再診へ出向く。数年前と思っていたら同医師で2年前だった。「大きさは変わりないです。それでもこの大きさなら全身麻酔となりますので、それに体が耐えうるか様々な検査が必要です。手術なら1週間から10日間入院です」。「エッ」と思った。再診前にネットとかで見ると、手術含め切除で即日帰宅とか、入院も2~3日との報を見ていたからだ。どうも脊髄を触れるので全身麻酔の様だ。
何度も検査通院は嫌なので、その日時間的に可能な検査を受けた。とにかく全身麻酔が可能かどうかの全身検査だ。採尿、採血、心電図、X線と続き、驚いたのは肺活量検査もあった。検査が続きそのたいそうな事でこの日の支払いが気になる。結果、74歳2割負担で約6,000円。その1週間後MRI検査。MRI自身は何ていうことないが、その15分位の仰向けになるのが痛い。そこが患部だから。検査技師も「大きいですね。でも少しでも体ずらしたり動いたらダメです。」なので足のふくらはぎに枕みたいの敷いて、少しでも腰浮かし、患部が痛くないよう姿勢は取った。しかしいざ始まると擦れて痛い。「ここは病院だ。万が一患部がつぶれても、一番安全な場所にいる」と納得しつつ終了。この検査だけで会計は4,000円超。検査も痛かったがこちらも痛い。さて最後はこの1週間後の麻酔、現投薬チェック、家族への説明と続く。。
…たかが腰の一部のコブが、体全体、脊髄と全身麻酔と言う問題になってきた。
でもこれさえ切除すれば、外見は問題なし、酒はそれなり飲んでいるのに内臓も異常なし、通院は3ヶ月の1回の眼と歯と月1回の血圧中心の定期健診と、75歳成りたて。「背筋がピンとして、いつも若々しい」(近所の女性)との煽てで気を良くしている、「東寺南門前の下駄オヤジ」。もう少し元気で生きられようか…?ちょっと怖い手術は1月中旬予定。
そのコブが出来て10数年、数年という曖昧な記憶は、東日本大震災時、緑内症の手術入院時は感じでなかったので、それ以降を指す。孫たちが保育園児の頃、プールの後の風呂場で「じいちゃん、コブあるやん」と、珍しそうに小さな手で触っていた記憶があるので、やはり10年少し前からだろう。部位は、腰の真後ろで背骨の接点で、言い換えればズボンのベルト位置。ベルトの擦りで大きくなった感もある。小さいイボ状態から、れっきとしたコブに膨らんだ。娘も「悪性腫瘍かもしれへんし一度病院行きや」で数年前近くの開業医へ。そこでの紹介状で東福寺近くの大病院へ。その診察は「痛くで我慢できないなら切除しますが」と言う事で、その時点では、急を用する状態でないと診断だった。
そして今何故気になりだしたかというと、就寝時あおむけではこすれて痛い。このままの姿勢ではコブがつぶれて中の膿が出てくるのではないかの不安が大。イスも座り方次第では痛い。加えてほぼ1年になるプール通いで、大鏡で見るとかなり大きいというか、突起物状態で更衣室でどうも変な眼で見られているようだ。
そんな理由で、数年前の大病院へ再診へ出向く。数年前と思っていたら同医師で2年前だった。「大きさは変わりないです。それでもこの大きさなら全身麻酔となりますので、それに体が耐えうるか様々な検査が必要です。手術なら1週間から10日間入院です」。「エッ」と思った。再診前にネットとかで見ると、手術含め切除で即日帰宅とか、入院も2~3日との報を見ていたからだ。どうも脊髄を触れるので全身麻酔の様だ。
何度も検査通院は嫌なので、その日時間的に可能な検査を受けた。とにかく全身麻酔が可能かどうかの全身検査だ。採尿、採血、心電図、X線と続き、驚いたのは肺活量検査もあった。検査が続きそのたいそうな事でこの日の支払いが気になる。結果、74歳2割負担で約6,000円。その1週間後MRI検査。MRI自身は何ていうことないが、その15分位の仰向けになるのが痛い。そこが患部だから。検査技師も「大きいですね。でも少しでも体ずらしたり動いたらダメです。」なので足のふくらはぎに枕みたいの敷いて、少しでも腰浮かし、患部が痛くないよう姿勢は取った。しかしいざ始まると擦れて痛い。「ここは病院だ。万が一患部がつぶれても、一番安全な場所にいる」と納得しつつ終了。この検査だけで会計は4,000円超。検査も痛かったがこちらも痛い。さて最後はこの1週間後の麻酔、現投薬チェック、家族への説明と続く。。
…たかが腰の一部のコブが、体全体、脊髄と全身麻酔と言う問題になってきた。
でもこれさえ切除すれば、外見は問題なし、酒はそれなり飲んでいるのに内臓も異常なし、通院は3ヶ月の1回の眼と歯と月1回の血圧中心の定期健診と、75歳成りたて。「背筋がピンとして、いつも若々しい」(近所の女性)との煽てで気を良くしている、「東寺南門前の下駄オヤジ」。もう少し元気で生きられようか…?ちょっと怖い手術は1月中旬予定。
2025.11.17 更新
第213回 月は見ている
「小さい秋みつけた」は童謡だが、5月から9月位まで延々と続く酷暑と、1~2月の底冷えの間にわずかな秋を感じるここ数年。その変化は10月の1ヶ月に特に感じる。このわずか30日の急激な気温、日の出の変化でそれを実感する。
まず気温だが今年10月度の京都市の最低気温は17度から5度まで下がる。最高気温は25度から15度までこれも下がる。日の出は5:59から6:16へと遅くなる。日の出は文字通り太陽が東山連峰に上がる時刻だが、その前のうっすらと朝が空ける気配、明るくなるのは目の前の東寺の5時の開門時刻でなおハッキリしている。夏は5時の開門前の4時半には明るいが、冬は5時半過ぎでも暗い。ついでに言えば京都市の日の出で夏至は4:44、冬至(東寺と駄洒落風)は7:01。又、中秋名月・10/6、十三夜・11/2は、夜の東寺の五重の塔とのコントラストは抜群。
と、何もJRCM「そうだ、京都に行こう」ではない。
雨天以外はほぼ毎朝、東寺から北へJRを超え歩6~7分の梅小路公園‣芝生広場で体を動かしている身として、起床がゆっくりの方は決してご存知にない、その周辺の早朝光景をお伝えしよう。
まず一番の多いのは犬の散歩。大きい犬は少なく、大谷翔平のデコピンではないがあのサイズやもっと小さい犬が多い。そして若い母親の「公園デビュー」ではないが、犬を仲介にお喋りの輪があちこち。たまに犬にフン処理に疎い人もいるが…。
次は、野良猫への餌やり。一時不衛生な行為が目立ち、注意書き看板もあり減ったが今は、周辺のほぼ決まった茂みで、猫自体が餌欲しさにニャンニャンと鳴いて待っている。対する高齢女性も、見ている限り食べ物と水をキチンと与え終わったら後かたずけしている様だ。
さて、ここまでは予測つくだろうが、次を最初見た時,エッと思った。
日の出どころか明るくなる前、明るいのは公園の灯火しかない時間帯に、自転車のハンドルに数個のスマホを奇妙にくくり付けた高齢男性数人が集合して、灯火の下やそれ以外の場所でスマホ操作談義やっている。それもうっすらと公園が明るくなる頃にはいなくなる。
何なんだと思う。多い人はスマホをハンドルに4個、自分の片手に1個、別の人も個数は違うが同じ風体。何で明るい時間にやらず、暗い時間帯にやるのか、それが快感なのか意味不明。
そんなこんなの夜明け前の周囲300M程の芝生公園。ホッとする行為もあるのだ。
夜明けから日の出までの間、いつも上下黒で手袋、白いビニール袋持って公園をくまなく歩いく男性。そうです、ゴミ拾いしているのです。何度も聞くと嫌がるだろうと思い、一度だけ声かけした。「出勤前に散歩がてら」と謙遜しながらの返答。この公園清掃は、公園愛護協会と、緑化協会というボランティアの「月1回以上」。つまり、月1回の清掃では毎朝必ず落ちているゴミに間尺が合う訳がない、規則通り清掃では毎日綺麗な公園は保たれないのです。こういう男性の無心の行為で、この芝生公園の緑は守られているのです。
人目につかずとも、夜明け前のお月さんはちゃんと見ているのです。
まず気温だが今年10月度の京都市の最低気温は17度から5度まで下がる。最高気温は25度から15度までこれも下がる。日の出は5:59から6:16へと遅くなる。日の出は文字通り太陽が東山連峰に上がる時刻だが、その前のうっすらと朝が空ける気配、明るくなるのは目の前の東寺の5時の開門時刻でなおハッキリしている。夏は5時の開門前の4時半には明るいが、冬は5時半過ぎでも暗い。ついでに言えば京都市の日の出で夏至は4:44、冬至(東寺と駄洒落風)は7:01。又、中秋名月・10/6、十三夜・11/2は、夜の東寺の五重の塔とのコントラストは抜群。
と、何もJRCM「そうだ、京都に行こう」ではない。
雨天以外はほぼ毎朝、東寺から北へJRを超え歩6~7分の梅小路公園‣芝生広場で体を動かしている身として、起床がゆっくりの方は決してご存知にない、その周辺の早朝光景をお伝えしよう。
まず一番の多いのは犬の散歩。大きい犬は少なく、大谷翔平のデコピンではないがあのサイズやもっと小さい犬が多い。そして若い母親の「公園デビュー」ではないが、犬を仲介にお喋りの輪があちこち。たまに犬にフン処理に疎い人もいるが…。
次は、野良猫への餌やり。一時不衛生な行為が目立ち、注意書き看板もあり減ったが今は、周辺のほぼ決まった茂みで、猫自体が餌欲しさにニャンニャンと鳴いて待っている。対する高齢女性も、見ている限り食べ物と水をキチンと与え終わったら後かたずけしている様だ。
さて、ここまでは予測つくだろうが、次を最初見た時,エッと思った。
日の出どころか明るくなる前、明るいのは公園の灯火しかない時間帯に、自転車のハンドルに数個のスマホを奇妙にくくり付けた高齢男性数人が集合して、灯火の下やそれ以外の場所でスマホ操作談義やっている。それもうっすらと公園が明るくなる頃にはいなくなる。
何なんだと思う。多い人はスマホをハンドルに4個、自分の片手に1個、別の人も個数は違うが同じ風体。何で明るい時間にやらず、暗い時間帯にやるのか、それが快感なのか意味不明。
そんなこんなの夜明け前の周囲300M程の芝生公園。ホッとする行為もあるのだ。
夜明けから日の出までの間、いつも上下黒で手袋、白いビニール袋持って公園をくまなく歩いく男性。そうです、ゴミ拾いしているのです。何度も聞くと嫌がるだろうと思い、一度だけ声かけした。「出勤前に散歩がてら」と謙遜しながらの返答。この公園清掃は、公園愛護協会と、緑化協会というボランティアの「月1回以上」。つまり、月1回の清掃では毎朝必ず落ちているゴミに間尺が合う訳がない、規則通り清掃では毎日綺麗な公園は保たれないのです。こういう男性の無心の行為で、この芝生公園の緑は守られているのです。
人目につかずとも、夜明け前のお月さんはちゃんと見ているのです。





