2026.06.01 更新
第226回 余生その1
ベストセラー「棺桶まで歩こう」を、人から勧められて読んだ。
文庫本200ページ、高齢者向けか文字も大きく、目次見て斜め読み30分。
要は「歩けない人は2~3年、とぼとぼ歩きは5年、しっかり歩ける人は10年の余命」と言う事。そうだろうなの実感を持ちつつ、ビックリしたのは本など読まないタイプも娘も人に勧められ読み「お父さんは、あと10年クラスやな~」。褒め言葉か嫌がられているのはわからないが。
さて、あと5~10年余命をどうするかは、3年前会社倒産・債務整理後から考えていた。
何歳まで生きられるか?会社の倒産(させた)で預貯金と言う貯えは無い。乏しい年金でどう暮らすのか?高齢者向けと言うより、私に見合った仕事あるのか?(人は「アンタは人に使われるのは向かん、無理。一人で何かやるしかない」と冷言(但し、妙に当たっているので納得)。これら自分の身の上以上に、この持ち家自宅でずっと住み続けるのか?
信頼おける不動産屋のアドバイスから査定・アドバイスも聞いた。
何せ、京都駅の北側と南側は一番の地価高騰区域。特に南側の新幹線南の地域から、府下南部、大阪奈良へ繋がる交通網も加味され、目の前は東寺と言う申し分ないこの地域なので、業者間では転売価格はどうにでもなる狙い目。但し、転売後その高齢男性一人が入居できる賃貸物件は無いとバッサリ。要は孤独死敬遠が業界の常。つまり行き場は高価な入居施設しかない。これらの話には三人の子どもたちも同席させた。遺言めいたメモは既に用意している。「覚悟しているように、残す財産は無い。ただこの家屋の有効利用は何か…」で思考は止まっていた。で、結局何より余命は後何年…?に戻る。
ただ、心身ともカッコよくはモットーにしているので、身体だけはスッキリしておこうと、歩く、走る、泳ぎ、ストレッチなどの基本動作は心がけていた。
昨年ある高齢者団体機関紙に、我が家を「『地の利』から『人の利』へ。つまり人が集う場を提供する。それが亡妻も喜ぶだろう」と寄稿したのが意外と反響あった。
「男やもめに蛆がわく」、「一人暮らしのおっさん宅に行く人はいない」、「プライバシーもあり、自宅解放などしない」…。しかし私の価値観は真逆。これは広告20年、旅行30年営業畑という経歴と、長い社会運動の経験で、人の出会いことを苦にしないと言うか、楽しむ異質さから来ているかもしれない。加えて「妻の介護20年」で無数の方々のお世話になったほんの恩返しの気分もある。
そんな時… (つづく)
文庫本200ページ、高齢者向けか文字も大きく、目次見て斜め読み30分。
要は「歩けない人は2~3年、とぼとぼ歩きは5年、しっかり歩ける人は10年の余命」と言う事。そうだろうなの実感を持ちつつ、ビックリしたのは本など読まないタイプも娘も人に勧められ読み「お父さんは、あと10年クラスやな~」。褒め言葉か嫌がられているのはわからないが。
さて、あと5~10年余命をどうするかは、3年前会社倒産・債務整理後から考えていた。
何歳まで生きられるか?会社の倒産(させた)で預貯金と言う貯えは無い。乏しい年金でどう暮らすのか?高齢者向けと言うより、私に見合った仕事あるのか?(人は「アンタは人に使われるのは向かん、無理。一人で何かやるしかない」と冷言(但し、妙に当たっているので納得)。これら自分の身の上以上に、この持ち家自宅でずっと住み続けるのか?
信頼おける不動産屋のアドバイスから査定・アドバイスも聞いた。
何せ、京都駅の北側と南側は一番の地価高騰区域。特に南側の新幹線南の地域から、府下南部、大阪奈良へ繋がる交通網も加味され、目の前は東寺と言う申し分ないこの地域なので、業者間では転売価格はどうにでもなる狙い目。但し、転売後その高齢男性一人が入居できる賃貸物件は無いとバッサリ。要は孤独死敬遠が業界の常。つまり行き場は高価な入居施設しかない。これらの話には三人の子どもたちも同席させた。遺言めいたメモは既に用意している。「覚悟しているように、残す財産は無い。ただこの家屋の有効利用は何か…」で思考は止まっていた。で、結局何より余命は後何年…?に戻る。
ただ、心身ともカッコよくはモットーにしているので、身体だけはスッキリしておこうと、歩く、走る、泳ぎ、ストレッチなどの基本動作は心がけていた。
昨年ある高齢者団体機関紙に、我が家を「『地の利』から『人の利』へ。つまり人が集う場を提供する。それが亡妻も喜ぶだろう」と寄稿したのが意外と反響あった。
「男やもめに蛆がわく」、「一人暮らしのおっさん宅に行く人はいない」、「プライバシーもあり、自宅解放などしない」…。しかし私の価値観は真逆。これは広告20年、旅行30年営業畑という経歴と、長い社会運動の経験で、人の出会いことを苦にしないと言うか、楽しむ異質さから来ているかもしれない。加えて「妻の介護20年」で無数の方々のお世話になったほんの恩返しの気分もある。
そんな時… (つづく)
2026.05.15 更新
第225回 受付
広告会社20年、旅行会社30年の計50年の営業活動で、先輩からも言われ、後輩にも教え繋いだのは「受付の人を大事にしろ」だ。
企業、団体の大小問わず、そのトップやお偉方だけでなく、否それ以上に訪問時や代表電話にすぐ出て、担当者に引継ぎ組織の全てを知り尽くしている人の事だ。要は、組織幹部よりこの人たちがその組織の上下表裏を全部知っている。例えば誰誰と誰誰は仲良い,仲悪い。誰誰は何曜日に何時には在所しているとか全部知っている人、それは組織の縦社会では目立たないが、組織の要である人だ。
実はある高齢者団体で昨冬までは電話口に出ていた人が、今春急逝したと聞いた。その彼女は見事に上述の人だった。今その組織は人材募集しているが、そんな補充とかの数の問題でなく、その方が持っていた組織全般の集約能力と言う質の問題だと思うが、余計なおせっかいは無難と黙っている。と、ここまでがイントロ。
今年の「4/19」、宇治で講演した。妻が最初倒れてからちょうど30年目の4月19日に。
50人ばかりの参加者に、冒頭レジメ指さしながらその事を紹介した。かなりの人の視線は先にレジメ、そして顔を上げ私の方を向いた。よく言われる話の冒頭の最初の「つかみ」成功だ。
話している最中に誰か旧知はいないかと、会場全体を見くばせしていると、居た居た。
亡妻と同じ女声合唱団員、約30年ぶりだろうか。気になったのはその隣席の女性。二人は途中顔を見合わせていたので知人だろう。1時間半の講演後、その団員と再会の挨拶、そして彼女に「あの人誰?」と聞くと、何と地元新聞労組の書記さんだった。私「エエッ、Tさん」、」彼女「そうよ、家近所なの」。Tさんがニコニコと近づいて来て「今日の講演者、冨田さんと聞き、ビックリ」して来たという。ビックリしたのはこっちの方だ、…広告会社時代だから約40年ぶり…。地元紙の労組専従書記さんだから、労使間だけでなく地元紙事情の表裏何でも知っていた。
この彼女と私の大仕事は、1986年8月12日+19日両日の新聞3ページに及ぶ個人名記載の計12,642人賛同の「国家秘密法反対意見広告」だ。
このテーマでこの地元紙は労使の垣根を越えて社員が個人名で賛同、なので事務局もこの労組事務所、専従書記の彼女はその主だった。
今再会して、11年前(2015年)のニューヨークタイムズ意見広告、その勢いで翌月沖縄二紙へ意見広告を続けたことを知らせた。そして何より、ニューヨークタイムズ意見広告成功のカギになった告知記事書いてくれたのが、当時労組副委員長だったKさん。このKさんが、翌2016年の拙著から、冬の妻の追悼コラム、そして「腑抜けNO会」発足記事を書いてくれた事。だから今日、こうして宇治に居る事を興奮して喋った。
そして今、そのKさんは社説書く論説委員になっているが、その社屋は60年経過して老朽化解体と言う衝撃的なニュース聞いた。
翌日、その場所は解体作業告知ステッカー。3年かかると言う。跡地はホテルになると言う。
私が55年前京都に来た時、配属された読聞販売店店主が「京都はこの新聞が強すぎる。見て見ろ!この9階建ての凄い社屋を」。
そして31年前の阪神淡路大震災時、建物損壊の神戸新聞社から、地元紙協定の下、苦労して神戸から京都へ陸送された原稿・版下を代わりに印刷したこの新聞社が解体される。
… 一時代が終わった…。
企業、団体の大小問わず、そのトップやお偉方だけでなく、否それ以上に訪問時や代表電話にすぐ出て、担当者に引継ぎ組織の全てを知り尽くしている人の事だ。要は、組織幹部よりこの人たちがその組織の上下表裏を全部知っている。例えば誰誰と誰誰は仲良い,仲悪い。誰誰は何曜日に何時には在所しているとか全部知っている人、それは組織の縦社会では目立たないが、組織の要である人だ。
実はある高齢者団体で昨冬までは電話口に出ていた人が、今春急逝したと聞いた。その彼女は見事に上述の人だった。今その組織は人材募集しているが、そんな補充とかの数の問題でなく、その方が持っていた組織全般の集約能力と言う質の問題だと思うが、余計なおせっかいは無難と黙っている。と、ここまでがイントロ。
今年の「4/19」、宇治で講演した。妻が最初倒れてからちょうど30年目の4月19日に。
50人ばかりの参加者に、冒頭レジメ指さしながらその事を紹介した。かなりの人の視線は先にレジメ、そして顔を上げ私の方を向いた。よく言われる話の冒頭の最初の「つかみ」成功だ。
話している最中に誰か旧知はいないかと、会場全体を見くばせしていると、居た居た。
亡妻と同じ女声合唱団員、約30年ぶりだろうか。気になったのはその隣席の女性。二人は途中顔を見合わせていたので知人だろう。1時間半の講演後、その団員と再会の挨拶、そして彼女に「あの人誰?」と聞くと、何と地元新聞労組の書記さんだった。私「エエッ、Tさん」、」彼女「そうよ、家近所なの」。Tさんがニコニコと近づいて来て「今日の講演者、冨田さんと聞き、ビックリ」して来たという。ビックリしたのはこっちの方だ、…広告会社時代だから約40年ぶり…。地元紙の労組専従書記さんだから、労使間だけでなく地元紙事情の表裏何でも知っていた。
この彼女と私の大仕事は、1986年8月12日+19日両日の新聞3ページに及ぶ個人名記載の計12,642人賛同の「国家秘密法反対意見広告」だ。
このテーマでこの地元紙は労使の垣根を越えて社員が個人名で賛同、なので事務局もこの労組事務所、専従書記の彼女はその主だった。
今再会して、11年前(2015年)のニューヨークタイムズ意見広告、その勢いで翌月沖縄二紙へ意見広告を続けたことを知らせた。そして何より、ニューヨークタイムズ意見広告成功のカギになった告知記事書いてくれたのが、当時労組副委員長だったKさん。このKさんが、翌2016年の拙著から、冬の妻の追悼コラム、そして「腑抜けNO会」発足記事を書いてくれた事。だから今日、こうして宇治に居る事を興奮して喋った。
そして今、そのKさんは社説書く論説委員になっているが、その社屋は60年経過して老朽化解体と言う衝撃的なニュース聞いた。
翌日、その場所は解体作業告知ステッカー。3年かかると言う。跡地はホテルになると言う。
私が55年前京都に来た時、配属された読聞販売店店主が「京都はこの新聞が強すぎる。見て見ろ!この9階建ての凄い社屋を」。
そして31年前の阪神淡路大震災時、建物損壊の神戸新聞社から、地元紙協定の下、苦労して神戸から京都へ陸送された原稿・版下を代わりに印刷したこの新聞社が解体される。
… 一時代が終わった…。





