2026.01.15 更新
第217回 「TOKYOタクシー」
タイトルは93歳の山田洋次監督91作目の作品で、松竹創業130年記念作品でもある。
実年齢84歳の倍賞千恵子が85歳役を演じ、生まれた東京下町から神奈川・葉山の高級老人ホームに向かう中、見納めの東京の思い出の地を巡りながら個人タクシー運転手・木村拓哉へ人生を振り返えり語るロードムービー仕立て。運転手は代理業務で当日行先も告げられてなく、スタートは葛飾柴又だけ。実車後目的地は神奈川葉山と知り、HWなら2時間と踏んだが、客は人生最後の東京を色々廻りたいと言う。いつもの木村拓哉のふてくされた表情が良い。
若き日の恋、その恋人の北朝鮮帰還、再婚者からの自身といわゆる連れ子への暴言暴力、あげくにはその再婚者への殺人未遂で服役、そしてその息子の事故死、全てをやり直すため片道切符の渡米、幸運な事業の成功。そして今、一人ぽっちで終活に向かう姿などを織り交ぜている良心作だが、どうも…。
そもそも山田監督は、ご存知寅さんシリーズの集大成「お帰り寅さん」で、映画監督を事実上引退かと思っていたが、その後も撮り続けの93歳。いつまでやるんだろう?巷で言われる松竹00年記念作は興行的に安定している山田監督に頼り切っていて、その呪縛から逃れられないとか…?でも、84歳、93歳のコンビも。加えて山田組(「寅さん」スタッフ、キャスト)にも寿命はある。つまり音楽、照明、小道具など総合芸術の映画にかかせない各パートの達人たちが引退して、内外で数々の映画賞を受賞してきた山田組カラーを出せなくなる時だ。
さて日本映画と言えば、先日仲代達也さんが先日93歳で亡くなった。本人自身の出演作の一番は、小欄153回でも紹介した「切腹」だと。そして能登を第二の故郷と称して「能登演劇堂」を作った。その思いは七尾市役所入口の碑文にある。何より役所広司などの後輩を輩出する無名塾を主宰した。その時から、自分のポリシーの継承を考えていた。
仲代の実質的俳優人生は、黒澤明作品初出演の「七人の侍」のセリフ無しの歩くだけの素浪人役。ただ数秒歩くだけのシーンに6時間のダメ出しから始まった。それがその後の黒澤作品・「用心棒」では堂々準主役抜擢となった。(3年前の日本記者クラブ記者会見・役者人生70年 参照)この頑固一徹、徹底的な本物へのこだわりの黒澤の映画作りの系譜に山田洋次もいる。しかし、今回の作品は各テーマと、全体を覆う「終活」ともその関連と一貫性、リアリティーさが曖昧に感じる。なので市井の人々へのやさしい眼差し送り続けた山田カラーの継承はどうかと不安になる。
「TOKYOタクシー」の終末の急逝の様な「終活」は、山田作品にもやがてやってくるのだろう。そんな気がする。
実年齢84歳の倍賞千恵子が85歳役を演じ、生まれた東京下町から神奈川・葉山の高級老人ホームに向かう中、見納めの東京の思い出の地を巡りながら個人タクシー運転手・木村拓哉へ人生を振り返えり語るロードムービー仕立て。運転手は代理業務で当日行先も告げられてなく、スタートは葛飾柴又だけ。実車後目的地は神奈川葉山と知り、HWなら2時間と踏んだが、客は人生最後の東京を色々廻りたいと言う。いつもの木村拓哉のふてくされた表情が良い。
若き日の恋、その恋人の北朝鮮帰還、再婚者からの自身といわゆる連れ子への暴言暴力、あげくにはその再婚者への殺人未遂で服役、そしてその息子の事故死、全てをやり直すため片道切符の渡米、幸運な事業の成功。そして今、一人ぽっちで終活に向かう姿などを織り交ぜている良心作だが、どうも…。
そもそも山田監督は、ご存知寅さんシリーズの集大成「お帰り寅さん」で、映画監督を事実上引退かと思っていたが、その後も撮り続けの93歳。いつまでやるんだろう?巷で言われる松竹00年記念作は興行的に安定している山田監督に頼り切っていて、その呪縛から逃れられないとか…?でも、84歳、93歳のコンビも。加えて山田組(「寅さん」スタッフ、キャスト)にも寿命はある。つまり音楽、照明、小道具など総合芸術の映画にかかせない各パートの達人たちが引退して、内外で数々の映画賞を受賞してきた山田組カラーを出せなくなる時だ。
さて日本映画と言えば、先日仲代達也さんが先日93歳で亡くなった。本人自身の出演作の一番は、小欄153回でも紹介した「切腹」だと。そして能登を第二の故郷と称して「能登演劇堂」を作った。その思いは七尾市役所入口の碑文にある。何より役所広司などの後輩を輩出する無名塾を主宰した。その時から、自分のポリシーの継承を考えていた。
仲代の実質的俳優人生は、黒澤明作品初出演の「七人の侍」のセリフ無しの歩くだけの素浪人役。ただ数秒歩くだけのシーンに6時間のダメ出しから始まった。それがその後の黒澤作品・「用心棒」では堂々準主役抜擢となった。(3年前の日本記者クラブ記者会見・役者人生70年 参照)この頑固一徹、徹底的な本物へのこだわりの黒澤の映画作りの系譜に山田洋次もいる。しかし、今回の作品は各テーマと、全体を覆う「終活」ともその関連と一貫性、リアリティーさが曖昧に感じる。なので市井の人々へのやさしい眼差し送り続けた山田カラーの継承はどうかと不安になる。
「TOKYOタクシー」の終末の急逝の様な「終活」は、山田作品にもやがてやってくるのだろう。そんな気がする。
2026.01.15 更新
新聞との距離感
今回の記念講演会は、2020~2025年間までの新聞連載「喪の旅」担当記者が全国の大切な人を亡くした多くの事例から出版用に抜粋し、加えて自らの伴侶(職場結婚)を亡くした様を赤裸々に紹介したものだった。
ついには高じて、半年前にその職を辞してこのテーマの研究者に転じた。だから彼女の元職・新聞社の応援があるのか?京都地元紙はいわゆる「競合紙」関連出版紹介をキチンとやってくれるのかに不安と興味を持っていた。
果たして、後者の告知扱いは13行の案内、元職の新聞社の前者は26行に加えの写真入り。前者の京都府部数18万部、後者は地元紙なので倍以上の44万部。しかし結果、読者反応は後者0(全く1本のTELも無し)、前者は何と11本の参加申込。…この差はなんだろう?…。新聞は部数ではない。読者との距離感なのだと言う事実を再認識した。
ついには高じて、半年前にその職を辞してこのテーマの研究者に転じた。だから彼女の元職・新聞社の応援があるのか?京都地元紙はいわゆる「競合紙」関連出版紹介をキチンとやってくれるのかに不安と興味を持っていた。
果たして、後者の告知扱いは13行の案内、元職の新聞社の前者は26行に加えの写真入り。前者の京都府部数18万部、後者は地元紙なので倍以上の44万部。しかし結果、読者反応は後者0(全く1本のTELも無し)、前者は何と11本の参加申込。…この差はなんだろう?…。新聞は部数ではない。読者との距離感なのだと言う事実を再認識した。
2026.01.01 更新
第216回 「喪の旅」出版記念講演会
久しぶりに私が力を入れた企画だった。
第一に、2018年発足の「腑抜けNO会」が、昨秋の朝日新聞全国版紹介が同種の事例と共に一冊の本として記録される事。これは、2016年皮肉にも妻の急逝直前の「私と介護」と同様だが、当時の介護を17事例の著名人の中の一つで扱われ、それら事例も庶民の生の苦しみにはもう一つの文章が多かった。
第二に、編著作者自身が、急逝の夫の事を正直に書き、その苦しみの中から導き出したワード「喪の旅」が非常に新鮮で、そこから新聞連載となった事。
そしてついには、この編著者は新聞社を退職して、この道=グリーフケア=「喪の旅」研究者の道を選ぶ覚悟に感服した事。つまり新聞記者自身の余りある手持ち企画の範疇から、自らの今後の生き方を選択した驚き。
第三は、著書内29事例中同じ境遇の人々を組織化、つまり伴侶を失った個人が集い集団化、グループ化したのは、東京とこの我々の二つだけ。つまり関西では唯一という事。
第四は、出版後編著者の全国初講演会だと言う事。
なので、我々「腑抜けNO会」の初主催企画として、京都の関連団体個人に呼びかけた。
それは今回企画を機に、我々を知り、賛助会員にも発展したらよいとの気持ちもあった。
時は、昨年末12月20日。京都近郊からも地の利が良い京都駅近くで、人口庭園の一角。
この日程設定も上手くはまった。今夏この話を聞いた時は今秋出版予定が、現実的には遅れ最終的には11月21日販売日となり、丁度その1ヶ月後の講演会と絶妙のタイミングとなった。その兆候は、本の表紙が明らかになった11月中旬、会員向け案内の反応でジワリと感じ始めた。例えば8年前「会」発足以来、多忙な会員の一人で、年1回の会費振込用紙備考欄にはよく「中々参加出来ないが、いつも気にかけています」と言う人が、ついには参加するとか。京都市社会福祉協議会で知った方々など、その人々の琴線に触れたのだ。
かくして、当日。
会員19人、一般の方19人の計38人。この本を当日テキストにしていて、この日に参加者は初めて見るので当然と言えば当然だが、会場で16冊普及。この普及数は翌日講師からのお礼メールで「11月中旬に本が出来た後の、大阪兵庫での100人規模での講義で10冊売れるかどうかだった」。なので「40人規模で16冊」は新記録なのだろう。
もう一つの驚きは、新聞事前告知記事での反響。地元紙は数行の行数物で全く反応なし。
だが、講師出身新聞は、本の写真入りもあり1Ⅰ人の参加希望の反応!ビックリした。
講演は、伴侶を亡くすと言う同じ体験者が安心して話せる場は、独りでなく今後の生きていく知恵になる。そして時間と共に変わっていく悲しみの質は変わっても、亡き人とのつながりを持って生きていく。その力を本人が持っていると強調された。
その後の会場からの声も活発だった。得に男性から「男は女に比べて弱い。一人の夕食は寂しい」、「亡妻が出てくる夢が楽しみ」など率直な発言に、講師も感動されていた。
その証拠はその夜、私の元に会員、一般参加者から数本のお礼のメールが多く入った事でも明らかだった。
新しい年に、希望の持てる企画だったと言える。
2026.01.01 更新
準備会から、8年ぶり
「富田さん、ようここまでやってきなあ~」との声掛けは記念講演会会場でのある方。
伏見在住のこの男性は、2018年腑抜けNO会結成前の最初の集まり(2017年夏の第一回準備会)に参加した方で、長く労組専従経験者で、こういう手作り組織体の困難さも十分体で知っている方だった。当時から「不規則で企画参加は難しいが、富田さんに任せる、見守っておく」との言よろしく、コロナ禍含めこの8年間、ただの一回も企画・総会に参加ないが、年会費は毎年いち早く振込むので、「ああ~、見守っているんだ」と解釈していた。
その彼が、今回企画に早々と申込み。
今企画が、「会」始まっての一般参加者募る「主催」企画だと理解したのだろう。だから冒頭の一言になったのだろう。
わかる人は、遠くにいてもわかってくれている。
伏見在住のこの男性は、2018年腑抜けNO会結成前の最初の集まり(2017年夏の第一回準備会)に参加した方で、長く労組専従経験者で、こういう手作り組織体の困難さも十分体で知っている方だった。当時から「不規則で企画参加は難しいが、富田さんに任せる、見守っておく」との言よろしく、コロナ禍含めこの8年間、ただの一回も企画・総会に参加ないが、年会費は毎年いち早く振込むので、「ああ~、見守っているんだ」と解釈していた。
その彼が、今回企画に早々と申込み。
今企画が、「会」始まっての一般参加者募る「主催」企画だと理解したのだろう。だから冒頭の一言になったのだろう。
わかる人は、遠くにいてもわかってくれている。






