2024.04.15 更新
こぼれ話
4/6の総会報告のニュース作成中での、こぼれ話。
 京都の華道の一つ、池坊・六角堂の近くの日本料理店での24人参加の総会・昼食会が無事済んで、忘れ物などをチェックしてお店の仲居さんに挨拶したら、参加者の一人と懇意と言う。
 先ほどまでの昼食会会場で、その彼女と90歳超えた男性会員が、「アンタ、何故ここにいるの?!」とお互い指差し声を挙げたと。
 聞けば、この老男会員の娘さんがやっている京都の料飲店は、我が家の近くの東寺が見える所にあり、その大家さんの子供さんがこの仲居さんで、飲み友達だったようだ。更にその大家さんはこの高齢会員通じ、私とも一度お店で杯を重ねたようだ…。世間は狭い。
 最後に彼女曰く「ならば、私も旦那亡くなったらこの『会』に入れてもらおう」
 私「お待ちしています」。
(次号は、その総会模様をお伝えします)。
2024.04.15 10:21 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 腑抜けNo会
2024.04.15 更新
能登支援報告集番外編

 前号の「報告集」には「番外編」が、おまけで付いている。
 27~29ページまでが予定行程完了後の動き。
 そして、本編作成のための後日京都で原稿集めが36ページ目。
 最後は、「桜咲く」。
 実はその間の31ページ目のタムさんの感想文の裏側を知らせたい。
 他の3人は印字だが、彼女は手書きの日本語文を私に持ってきた。それが平仮名、漢字、句読点が正確でビックリした。来日7年目だそうで、日本の高校生並みだ。京都でベトナム語教え、逆に英語、日本語学んでいるそうだ。
 周りの日べト会員(日本人)で、ベトナム語7年間学んで、同様内容をベトナム語で書ける人見たことない。それくらい凄い事だ。
 だから、番外編の29ページ目までは笑ってもらってよいが、31ページ目は、その裏、相当の努力が隠されているのだ。
2024.04.01 更新
第174回 つぶらな瞳を曇らせない
3/17在京都のベトナム仲間4人が参加
 眠い目をこすり、若いベトナムの彼らには酷な早朝7:45、近鉄大久保駅前を支援物資と想いを積んだ2台の車で出発。在京都ベトナム青年学生会会長始め4人と私含め、日本ベトナム友好協会支部役員5人の計9人。羽咋市千里浜の実習生研修施設に到着したのが11:45なので、ちょうど4時間。

つぶらな瞳だが
 早速、ベトナムインスタントラーメン、コーヒーの食材とハンドクリームなど女性用品、本部から預かりの「お年玉」を一人ひとりに。14人の彼女たちの大半が和倉温泉の老舗旅館で働いていたが閉鎖。1~2月は雇調金出たが、3月以降は不明だと。それと職種変更の運用緩和されなければ、見知らぬ他府県へ行かねばならないとも。
 許可を得て、この施設に1週間前(3/10)に来日した約30人とも会えた。当然彼らは先の14人とは違って地震は体験していない。京都支部の日越語リーフ「シンチャオ」を開け、母国語に喜んでいる。まだ能登の現実を未体験なので無邪気だ。

雇用先はゴーストタウン
 1時間の交流後、彼女たちが働いていた七尾・和倉温泉街へ。全ての旅館の建物は傾き
閉鎖。土産物店含め和倉の観光業が全滅している。働いていたベトナム人だけでなく日本人も、全て路頭に放りだされた状態だ。地震は国籍を選ばない。
 
花は咲く、京都にも能登にも
 同行の4人の感想文に「友好協会の日本人が同胞に優しく接してくれて感激した。」とあった。現地の彼女たちだけでなく、京都の彼等からも救援隊は見られているのである。
 春になれば日本全国桜は咲く。ただ、愛でられる日々の暮らしを取り戻すのは、人間の
努力しかない。

「ムービー軌跡」
千代野基金

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