2024.06.01 更新
第178回 赤信号
土曜日の早朝7:30頃、自宅から表通りに出てすぐの東寺前信号の交差点、「トミタさんでは?」と声かけられて、声の方向に顔を向けると…。
「エエッ!」とこちらは絶句、先方は先に私をかすかに認知して、こちらの反応で間違いないないと確信に変わり、先に笑顔。こちらは朧気に先方の顔を認知するが、10数年前の記憶と即一致せず、ぼんやりと怪訝な顔をしていただろう。とにかく目の前の視覚と、頭の中の記憶がすぐには一致しない。先方との差は1~2秒。
1~2秒早い先方は、何故ここにいるか説明しようとするが、こちらはまず先方の名前だけ思い出した状態。とにかく頭の回転が1~2秒遅れている。「何でここにいるの?」に、先方はキチンと説明しているが、まだ解せない。当然だ。本来ここにいるはずない人が目の前にいるんだもの。
加えて信号待ちの交差点、赤と青の表示の違いでは、その場で対面できなかったろう、私は左手から、彼は右手から信号に差し掛かり、青だとそのまま両者とも何食わぬ顔で信号を渡っていただろう、お互いを知らずに。赤信号だったからそのわずかの待ち時間に、彼は周りを見渡し、私を発見した訳だ。そう考えるとドラマチック。何せ日本から3,600キロのベトナム・異国に住んでいる旧友・ブー君だ。(第一部「千代野ノート」260回=2008年=16年前)
信号渡りながらも私は「ああ~、わわ~、ふぁふぁ~」の連続で言葉になっていない。彼は、一緒の数人のベトナム観光客に東寺南門前を指図している。
それでも彼は「トミタさん、この辺住んでるの?」。そう、彼は私が京都在住は知っていたようだが、東寺前とは知る由もない。「そう、あの銀行の裏」と私が指さす。「へえ、南門前やんか」と関西弁で応える。この後新幹線で富士山へ向かうと言う。すかさず彼はスマホで写真撮った。それでも添乗員だったので、客の対応でその場で別れざるをえなかった。
彼の後ろ姿を見つつ、10数年ぶりの記憶が少しづつ戻ってきたが、もう遅い。
そして一言忘れた。それは私の左腕に握った新聞紙束の中の花の事。
これから妻の墓参りだったんだ。そうだ、彼も10数前この京都で妻とも会っていたんだ。
「エエッ!」とこちらは絶句、先方は先に私をかすかに認知して、こちらの反応で間違いないないと確信に変わり、先に笑顔。こちらは朧気に先方の顔を認知するが、10数年前の記憶と即一致せず、ぼんやりと怪訝な顔をしていただろう。とにかく目の前の視覚と、頭の中の記憶がすぐには一致しない。先方との差は1~2秒。
1~2秒早い先方は、何故ここにいるか説明しようとするが、こちらはまず先方の名前だけ思い出した状態。とにかく頭の回転が1~2秒遅れている。「何でここにいるの?」に、先方はキチンと説明しているが、まだ解せない。当然だ。本来ここにいるはずない人が目の前にいるんだもの。
加えて信号待ちの交差点、赤と青の表示の違いでは、その場で対面できなかったろう、私は左手から、彼は右手から信号に差し掛かり、青だとそのまま両者とも何食わぬ顔で信号を渡っていただろう、お互いを知らずに。赤信号だったからそのわずかの待ち時間に、彼は周りを見渡し、私を発見した訳だ。そう考えるとドラマチック。何せ日本から3,600キロのベトナム・異国に住んでいる旧友・ブー君だ。(第一部「千代野ノート」260回=2008年=16年前)
信号渡りながらも私は「ああ~、わわ~、ふぁふぁ~」の連続で言葉になっていない。彼は、一緒の数人のベトナム観光客に東寺南門前を指図している。
それでも彼は「トミタさん、この辺住んでるの?」。そう、彼は私が京都在住は知っていたようだが、東寺前とは知る由もない。「そう、あの銀行の裏」と私が指さす。「へえ、南門前やんか」と関西弁で応える。この後新幹線で富士山へ向かうと言う。すかさず彼はスマホで写真撮った。それでも添乗員だったので、客の対応でその場で別れざるをえなかった。
彼の後ろ姿を見つつ、10数年ぶりの記憶が少しづつ戻ってきたが、もう遅い。
そして一言忘れた。それは私の左腕に握った新聞紙束の中の花の事。
これから妻の墓参りだったんだ。そうだ、彼も10数前この京都で妻とも会っていたんだ。
「写真撮りましょう」との彼(左)のとっさの機転で

