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特別企画連載

つながり、分けあいC  佐伯快勝(浄瑠璃寺住職)

 御教誡聴聞集

 ハンセン病で苦しむ貧窮孤独の人々を療養介護する民間施設として今に伝わる文化財、「北山十八間戸」のことをはじめにふれた。
 これをつくった、西大寺の叡尊(えいそん)と弟子忍性(にんしょう)は、病者らが世間の人々とつながれるよう幹線道路わきに設置し、それを救済介護する人々自身の救いになるという経文の教えを人々に説いていた。聴聞した人々がその救済活動に参加することで施設は運営されていた。
 また叡尊は、西大寺で当時貴重で高価な”施薬”としてのお茶を、法要に集まった人々にまわしのみする方法で施茶し、茶園づくりを奨励して人々のくらしを楽にすることに力を注いだ。それが今も西大寺大茶盛式として脈々と続いている。
 その叡尊が弟子や一部は在家の人々に説法した文書の忠実な記録「御教誡聴聞集」(ごきょうかいちょうもんしゅう)が数部伝えられている。弟子から弟子へ書写してきたものである。若いころ、ここにでてくる文言に感動し、鎌倉時代の奈良でこんなことを説いていた人が現実にいたと驚いたことは今も鮮明に覚えている。
 朝新聞を見てすぐに浮かんだ文言がある。「我ヲ引ク心皆一一ニ仏性(人間本来の良心)ヲ隠ス者也」。今でいう宗派の名前を並べ、顕教、密教などいろいろいうけれど「実ニ心得レバ唯一意也、所詮我ヲ捨テ、偏(ひとえ)ニ他ノ為ニシテ私ヲ離レル也」。 シャカの説いた法は、ちゃんとわかればたった一つ「所詮我ヲ捨テ・・・・・私ヲ離レル」ということ、それが人間どうし、民族どうし、国どうしのつながりの根本だと。
 ”田中外相が米寄り発言” ”米ミサイル防衛を「支持」” ”京都議定書「米抜き批准ない」”との新聞見出しが目に飛び込んできた。
 平和や温暖化防止を願う各国から不信を招かないか心配だ。我まるだしはだめだと説法できないものか。
    (しんぶん「赤旗」2001年7月23日掲載)


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