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特別企画連載

木津川あれこれ    太田 史(元建設省建設専門官)


7,木津川と今昔物語   蛇がかわいそうやんか 蟹満寺

 山城町に蟹満寺という寺があります。このお寺は蟹の恩返しの民話でしか私は知りませんでした。しかし、有名なのは本尊である釈迦如來像だそうです。仏像好きの知人と話をした時、「白鳳時代の特徴をもったすばらしいものだと」。私は見ても、良さがわからなくうーんと。

 でも、今は昔ではじまる「今昔物語集」にある蟹の恩返しの話には非常に興味をもちました。その話とは・・・・・
 今は昔、山城の国久世の郡に住んでいる娘がいました。ある日村人が食べるために蟹をもっていたので、かわいそうだと家にある魚と交換して川に逃がしてやりました。次の日、娘の父が蛙を食べようとしている蛇に出会ったので娘を婿にやるからと
蛙を放してやります。蛇は蛙を放し去って行きます。3日後蔵に閉じこもっている娘のところに男の姿をした蛇がやってきました。
蔵に閉じこもっている娘に怒って蛇の姿になり倉を取り巻きどんどんと戸を叩きました。それがだんだん弱くなり、夜が明けて見ると無数の蟹が蛇を刺し殺していたそうです。蟹はどこかに去って行きました。この話が蟹満寺では絵になっています。
  http://www.anraku.or.jp/jiin7.htm  蟹満寺の紹介と絵が紹介されています。
  http://www.anraku.or.jp/jiin7b.htm  もっと詳しく蟹の恩返しの話が。
 この類似の話が「蛇婿入」とかで全国に昔話でいくつかあります。今昔物語集は「因果応報」の仏教説話と聞きますが、でも、蛇はなにも悪いことしてないのにと、どうも合点のいかない話。この話、水と関係の話だろうか。また、農作の話だろうかと。
 どちらにせよ、当時民衆の生活から観音思想と結びついて出来た話だと思います。
 1953年の山城水害で観音堂が被害を受けなかったことも河川に従事している人たちではよく話に出ることです。

 教えを守ってくれたらもっと良かったのに 甘南備寺

 今は昔山城の国、綴喜の郡、飯丘というところあり。で始まる甘南備寺のお坊さんの話。
 この飯岡、北西の山の上に甘南備寺がありました。この寺に住んでいたお坊さんがもっと大きな寺に行きたいと思っていたところある夜夢を見ました。夢の中に薬師如来が現れ「お前の前世はこの寺のみみずである。土の下で法華経を聞いたお陰で人になり僧になったのだ。だから他の所に行ってはならないと」それで永くこの寺にいたそうな。

 この甘南備寺、今では一休寺の近くにあります。中国風の門がありチョット変わった寺です。甘南備山、江戸時代「都名所図絵」にも載り、水晶山として名勝地だったようです。今では、甘南備寺も址しかありません。寺があればなあーと思いながら正月の初登山にその址に行きます。
  http://osaka.cool.ne.jp/naonorth/air/kannabi.htm  甘南備寺址と甘南備神社
  http://www.wao.or.jp/kyonank/densho/tanabe/tanabe_m.htm 京田辺市のHP

 甘南備山・薪小学校から少し西へ下ったところから見る風景ほんとに綺麗です。
 でも、手原川が改修されなんともつや消しです。何のためにわざわざ石張りにしたのか、いくら考えても理解出来ないものです。なんでも、手原川の上流部での開発か何かの補償でできたとか。天井川にもなっていないし、洪水の防御? 農地の確保? わからない。なにより、この川の上流では、旧枚方の下水汚泥集積地であり有害物質が検出され今その処理を巡り問題になっています。水の浄化から考えてもブロック張りでは、その浄化効果もありません。昔は蛍がいたそうですが、蛍の幼虫が食べる貝も生息できないため蛍もいません。
  http://members.tripod.co.jp/doroasi/ このHP、田辺の建築士が出されている庭講座です。
 いつも、お邪魔しているHPです。心が和みます。




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