5、木津川資料と身近な人たち
正月・元の職場の友人からHP見たけど資料をもっと紹介せんかとのご指摘を頂きました。文書で資料を紹介するのは、私の文才ではとても出来ることでないので写真で紹介することにします。早速デジタルカメラなるものを展示品を半値で買っては来たんですが、歪んでる・パソコンに入らないと四苦八苦でした。
「かわ」に興味を持った本
30年前子供に買ってやった本です。加古里子さんが筆者で、東大工学部出身で大手民間会社の研究所から童画家になられた方です。どうりで「科学的」です。私が言うことではないんですけど。「かわ」を全体から見てしかも夢あふれるかわの情景が描かれています。枚方の本屋さんにはありますが他は注文すれば。
京田辺の人が書かれた本なんや
村井博さん、大正6年生まれで今もお元気で活躍とか木津川に対する見方全く同感です。膨大な資料を元に木津川の事は、この本ですべてわかると言って良いと思います。私の木津川論?は、この先生の本そのままと言って良いです。京田辺市図書館にあります。
木津川流域の災害
13年前木津町で行われた「南山城の歴史を考える集い」で配布された資料集です。
この資料集の中に京田辺在住の鈴木重冶先生の「和訶羅河(わからがわ)」=古代の木津川の呼び名だそうです=3号に記載された論文が載せられています。(読み方がわからなく先生に聞いてきました。)1953年の南山城災害の教訓として出土資料と記録から次のようにまとめられています。「自然界の一員としての謙虚な自然感と、歴史的な事実からの教訓を生かすことが必要」と。
また、同じ資料集に「近畿地区各大学連合水害科学調査団」の報告書が添付されていますがこの序文に故蜷川京都府知事が「国民を塗炭の苦しみに追い込んだ戦争とその基盤をなす一部国民の利益に重点をおいた政治が大降雨という自然現象とは云え激甚な災害が猛威をふるったのである。われわれは災害の復旧に全力を尽くすとともに、災害の真の原因を探求して今後このような災害を未然に防止するために、今こそ自然現象に対処する正しい政治機構を打ち立てるべく互いに腕を組んで前進しようではないか」と。
前出の村井先生も木津川の歴史物語の要約版として執筆されています。国土交通省全建設労働組合近畿の書記局にありました。木津町教育委員会が後援してますので、木津町にもあるかも。
山城の災害を考えるにしろ、環境を考えるにしろほんとに、貴重な資料です。
木津川はいつから今の形になったの−新・京都自然紀行ー
京都の地学の先生達が執筆された本で面白く、判りやすく読むことが出来ます。昨年滋賀県で行われた世界湖沼会議でも紹介されていました。木津高の天白先生や山城高の北風先生が執筆されています。「京都の自然とくらし・環境」を柱に編集されたとか。木津川・環境を考えるには必読の書です。現在発売中です。本屋さんにあります。
へえー。共産党の新聞にもこんなんがのるねん。
この間、知り合いの大学生からメールを頂きました。「卒論を書くのに、紹介して頂いた小川先生が共産党の新聞「赤旗」にのっています。太田さんは、赤旗を読んでいますか。読んでないだろからファクスしますと。」
私は次の様にメールで返しました。
「バーカ。赤旗ぐらい読んでるがな。でもでも「わいは考えちゃうで」イタセンバラさんはお疲れでも。木津川に引越ししてもらったらええねん。もう淀川は、こんな川になってんねん。金使ってまで、城北にいてもらう事あらへん。♪パリの空の下セーヌは流れる。こんな川にせなしょうないやんか。鵜殿は残してほしいけど。赤旗にのってるやろ。「21世紀はどんな時代になるか」と。そんなら、キーキーせんでええわ。紀平先生や小川先生には言わんときや。でわでわ。」
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