やましろロゴ

特別企画連載

                木津川あれこれ    太田 史(元建設省建設専門官)


3、ほんとのあれこれ

 27日編集者から今週中やでと、メールが来たのを頭にチョット置きながら仕事(堤防の上を歩く)の合間に「木津川・宇治川・桂川の特徴を掴むにはここが一番ええねん」と若い人たちと八幡の男山に登りました。(ほんとは天王山の方がよい)
    http://hashimoru.hoops.ne.jp/yodogawa-goryu.htm
    http://www.yynet.gr.jp/scene.htm

  泥鰌のくせに○○の形をしている魚がいる宇治川

 ほんとは言うたらあかんねんと言いながら又言ってしまった。保護団体が対策を申し入れているようですが、京都府文化財保護行政が土の下の対策に追われて魚まで手が回らないとか。文化財保護行政の充実を痛感します。

  ○○○○○○が一番住むに適している木津川

  も木津川にはいるでー。これも言うたらあかんねん。木津川は低水路(いつも水が流れる所)がなく、堤防と堤防の間が広いから昔の川の様に「たまり」が出来て居るから○○○○○○の住む習性に一番適しているんや。
 不法投棄に拠る土壌汚染や上流部のゴルフ場等の農薬が流れないようになったら木津川は○の宝庫になるんと違うやろか。よう見ときやと私は谷崎潤一郎の碑を見に。

  淀川の風情だった葦

 谷崎潤一郎は鵜殿の葭原を見て「今昔物語」を題材に「葦刈り」を書いたと言われています。
 井上俊夫さんは、美しく妖しい魅力を持つ淀川と書かれています。
 人生のあわれと言うか、不本意に別れた夫婦が思いがけなく悲劇的な再会をするという点で「哀歌」も共通しています。この、哀れにもかなしい日本的物語は堀辰雄の「曠野(あらの)」も、今昔物語の哀歌を題材に書かれているように思います。
 鵜殿の葭原保全についていろいろと議論されていますが、鵜殿の葭原をなぜ保全するかという原点に立ち返った討論がされるべきと考えます。昨年末に枚方で行われた「淀川の生物は今」というシンポジュウムでは主に生態系の立場と動物愛護(叱られるかな)の立場からの討論がされましたが、もっと幅広い意見が出てもと思ったのは、私だけだったんでしょうか。

  お金が無いから流れ橋にした、木津川の流れ橋

 木津川が淀川と分かれて少し行くと、上津屋橋(こうずやばし)があります。
 藤田まことの♪「木津川流れ橋」の橋です。スナックでも、歌える店が少ない様ですが。この「流れ橋」1951年京都府財政が困難期に止む無く流れ橋にしたと言われています。この橋付近は、時代劇の撮影に頻繁に使われて今では、チョットした観光地になっています。これを当てにして自治体が所謂「箱物」を造るとか。鴨川にフランス橋を作ろうとしたのと同じ発想に思えてなりません。

 井上俊夫さんの木津川流れ橋

 木津川の流れ橋/怖い橋/大水出たら流れ出す
 木津川の流れ橋/音の橋/流ればカタコト板が鳴る
 木津川の流れ橋/思い出の橋/水にうつるは誰の面影
 木津川の流れ橋/風の橋/葦の葉ずれがサワサワと
 木津川の流れ橋/長い橋/行ったり来たりで日が暮れる
 ☆この風情を残すことこそが今求められているのでは。

 http://homepage1.nifty.com/hon/2/2-044/2-044.html

 http://www.asahi-net.or.jp/~mr3a-iskw/ot05-01.html

http://www.town.kumiyama.kyoto.jp/manabou/midokoro/nagarebasi.htm

http://asahi.wai2-kansai.com/leisure/kyoto24.htm

 太宰治の短編に子供の時「駅の陸橋は登ったり下ったりして楽しむために造られたと思っていたのに線路を跨ぐ極めて機能的施設であることを知り落胆する」と似ている様に思います。





▼特別企画連載TOPへ