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特別企画連載
自然・人間ふれあいの旅 日本一周自転車ツアー完走記 (10)

武田万徳(久御山町在住) 

 青森・岩手で3回パンク
 久御山を出てから青森まで約3400キロを左ひざの痛みはともかく、身体も自転車も大したトラブルもなく順調にきた。自転車のトラブルで一番多いのがパンクだが、ここまではノーパンク。ところが本州に帰ってきたとたん青森市内で1回、岩手で2回パンクし先が思いやられる。私は不器用でバンクの修理ができない。「長期の自転車旅行でバンクぐらい直せないでどうするの」と言われていたが直せないものは直せない。しかし念の為簡単なバンク補修剤は持っていた。
 最初にパンクしたのは青森市内の道路工事中のところで、ガードマンに凸凹の歩道に誘導されたあと。私は基本的に車道を走る。自転車は軽車両であり車道を走るのが普通だ。 
  しかし、ガードマンは必ず歩道に誘導する。歩道は必ず段差があり、乗りあげた時のショックでバンクする場合がある。しかし頭を下げてていねいに誘導されると従わざるを得ない。しばらく行くと後ろの荷物が左右に揺れるいやな感触でバンクがわかる。荷物を全部降ろしてバンク補修剤を入れる。予行演習で春にパンクした時はうまくいったのに、バンクの穴が塞げない。20〜30分いろいろするがダメ。あきらめて近くのお店で自転車屋さんを聞くと、わりと近くにあるらしく自転車を押していく。自転車屋さんは森さんという70才を過ぎたおじいちゃんで、ゆっくりだがていねいに修理してくれる。バンク補修剤を使うと泡で穴が塞けない。「チューブはだめだ。補修剤は使わねえ方がいいな」と中古のチューブを出してきてただで替えてくれる。修理のあと熱いお茶を出してもらい日本一周についていろいろ話する。とてもいい人だが息子さんはあとを継がないそうで少しさみ
しそうだった,「若い人はいいな。がんばりなさいよ」とタオルをくれて出発。

 謎もいない岩手の山中でバンク
  次にパンクしたのは岩手県の奥中山という山の中。空気入れで入れてみるが全然チューブが膨らまない。ということは補修剤もだめということなのであきらめて自転車を押して行く。しかし、行けども行けども山の中。2時間ほどとぼとぼと歩いて行くと、やっとガソリンスタンドが見えた。しかし自転車の修理はできないと言われたので、電話帳を見て近くの自転車屋さんに電話する。近くといっても車で30分以上かかるらしい。結局自転車屋さんが沼宮内からバイクで来てくれたのは3時間以上してからであった。この時ばかりは自分で修理できればと切実に思った。最後のバンクは盛岡市内。この時に後輪全部を替える。81日間の旅行でバンクはこの3回だけ。前輪はノーバンク。ついているというか、道路事情がよくなったからか、ラッキーであった。もちろん歩道は走らない。

ビラまきも命がけ。寒い冬をあたたかく過ごせるようがんばる
 青森県は短命県で乳幼児死亡率も高く所得も低い。とりわけ冬は寒さがきびしく、雪の為ビラまきもままならない。 屋根や軒から雪が落ちてくれは埋もれてしまう。ビラまきも命がけと、青森生健会の神会長が話す。10月19日の交流会で会長、事務局長から聞いた話だ。ここでは介護保険の減免申請が却下され、県の審査会に不服申し立てをしたとりくみについて詳しく聞く。全国紙にも載った介護保険の不服審査請求のどりくみ。80才の川田さんは月5万円の年金で一人で生活している。生活保護基準以下であるが生活保護をうけずにがんばっている。公共料金を払えば月3万円しか残らずぎりぎりの生活だ。このため介護保険の減免申請をしたが不承認となった。生活保護や老齢福祉年金受給者より少ない収入なのに保険料は高いという、介護保険制度の矛盾についてたたかい、次の年には減免をかちとる。神会長は「生活相談会をすれば次々と相談者が来る。寒い冬をこごえず暖かく過ごせるよう、今がんばっています」と元気よく話しておられた。

   娘の待つ東京へ急ぐ    
 さて十和田市にいる時に、京都の長女から電話がある。「お父ちゃん、休みがとれて10月26日から3日間東京に行くから会おうね」26日といえば1週間しかない。というわけで秋の東北路の主に国道4号線を東京に向かいひたすらとばしていく。1日150キロを目標に、10月20日 十和田市―盛岡市、21日 盛岡市一一関市 、22日 一関市―仙台市―福島市、23日 福島市―白河市、24日 白河市―宇都宮市―笠間市、25日 笠間市―水戸市-千葉市、26日 千葉市―東京都。世田谷区にある次女の家に着いたのは夜8時ごろだった。
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