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特別企画連載

自然・人間ふれあいの旅  日本一周自転車ツアー完走記 (1)

武田万徳(久御山町在住) 


 日本最北端の地、北海道の宗谷岬で


 日本一周の旅!日本に生まれたからには、一度でいいから北海道から沖縄まで全国を旅してみたい、と思いませんか。それは男(女)の夢とロマンです。その夢とロマンを自転車で8000キロを81日間で走り、ついにかなえてしまったのです。
 日本一周したことを知った人は「武田さんは元気で丈夫な方ですね」と感心される。しかし、最初から元気だったわけではない。幼児期は虚弱児でしょっちゅう病気をし、貧乏だった我が家では医療費が大変だった。民医連の安井病院ではお金がなくても診てもらえ、安井信雄先生は神様みたいな存在でした。それでも小学校3年生の時心臓の奇形がわかり、中学までは運動ができず、体育の時間はずっと見学でした。病名は右胸心。つまり、普通左にある心臓が私の場合右にあるのです。そして心臓のところで血が一部逆流しているらしく、運動がとめられたようです。
 身体が弱かったので冬はいつも厚着で、子どものころからパッチをはいていました。血行も悪く冬になると手足はしもやけだらけでした。
 こんな私がなぜ健康になったのかはまたの機会にお話しますが、大事なことは、人でも社会でも固定的にとらえては駄目だということではないでしょうか。努力することやみんなで力をあわせることで変えていけるのです。そのことを私は身をもって体験しました。
 日本一周8000キロは気の遠くなる距離ですが、毎日100キロづつ走ることによって81日間で達成できるのです。さて前おきはこれくらいにして何で日本一周を思いたったのかをお話します。実は、マラソンをはじめたころ(20歳ごろ)いつかはマラソンで日本一周したいと思っていましたが、現実は、高校卒業後働きづくめの毎日で、長期の休暇などとりようもなく、2泊3日の旅行がせいいっぱいでした。
 しかし、両親が脳梗塞で体が不自由になり、介護が必要になって前の職場を退職してから事情が変わりました。両親を介護しながら職業訓練校に通い、新しい仕事を探しましたが、この年でフルタイムの仕事など皆無です。そこで発想をかえて、雇用保険の給付がある間に、今直面している介護や制度・仕事について全国を回って勉強してみよう。また、50歳の節目をむかえ自分の半世紀を振り返り、これからの人生を人間らしく生きていくための糧をえようと考えました。
 両親の介護についてはケアマネージャーさんとも相談して、父はショートスティにお願いし、母は妹にたのみました。
 施設は66日間が限度で11月中旬に帰ってくる予定でした。若い時からの夢はマラソンで日本一周でしたが、この期間では絶対に回れないのでマラソンはあきらめ、自転車でいくことにしました。
 最初は3500円で買った愛用のママチャリでいくつもりでしたが、リハーサルで愛知県の西浦温泉までの200キロを走った時、鈴鹿峠の上りで往生し、やはり変速器は必要だと思い、すぐにツーリング車を注文しました。スエヒロ自転車さんに無理をいってすぐに組んでもらい、出発の2日前に新車ができてきました。18段変速で後部両サイドにキャリア、メーターという装備でした。城陽市長選挙後の9月19日出発!(続く)

全国一周自転車ツアー報告ライブの案内を紹介します。
問い合わせ、お申し込みは武田万徳(0774−44−5114)さんまで










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