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特別企画連載

木津川あれこれ1   太田 史(元建設省建設専門官)


木津川ってどんな川  淀川流域で二番目に長い川

出典:近畿地方建設局・水資源
開発公団編「淡海よ永遠に」

木津川は、淀川に流れ込む川で2番目に長い川で約100kmです。 八幡で淀川(宇治川)と桂川と木津川の三つの川が一緒に なりますが桂川に次いで長い川です。 川をどこからどこまでと川の名前を付けたのは大昔から でなく、明治になって河川法と言う法律で八幡から三重県 青山町までを木津川としました。

 昔は山城川とも

昔から木津川とは呼ばれていなく、山城の国から流れて くるから山城川とか山背川とか泉川とかと呼ばれていた そうです。

木津という地名が出てくるのは、鎌倉時代とも言われて いますが、東大寺や平城京を造る時に滋賀県の田上山や 大阪府の芥川・交野市の天の川上流から大量の木材を 切り出し、50年前まであった巨椋池に一旦集めて木津 まで引き上げました。 木津の地名は、木を集めた津(港)から付けられたと 言われています。 この木津から流れてくるから木津川となったのでしょう。 木津川は淀川の下流にもあり、やはり木津から付けられた ものと思われます。

 全国いっぱいある津地名

津と言う地名は、日本1短い地名として三重県の津がありますが 石津・塩津・下津・上津等何々津は全国に無数にあります。 木津川沿いにも、何々津と言う地名が多くありますがそのほとんどが 船着場や渡しのあった所だった様です。 木津川は、大阪と都(奈良)や上野と結ぶ交通路として舟運が栄えた 川でもありました。 木津川のほとりには、宮跡やその伝承地がありますが木津川を利用して 造ったものでしよう。 狛という所もありますが、渡来人達が瀬戸内海から遡ってきたのかも 知れません。

 禿山と暴れ川

木津川に流れ込む川上の山で大きな木がある山は、平城京等の建設で 大量に木を切られその対策を怠ったため禿山となり、地質の関係も あり、砂利が木津川に流れ込みました。 そのため、河床(川の底)が上がり洪水のたびに、被害が出ました。 地質の学生(特に関東)の学生に興味をもたれ、卒論等に多く書かれている 滋賀県の草津川(現在は普通の川)並んで天津神川や不動川の 天井川が作られるのも、木津川の河床が上がったためです。 明治の始めに来日したオランダ人技師デ・レーケが来日すぐに 大阪築港や淀川改修に先立ち井手・山城・名張等の森林対策を主張したのも 理解出来ます。

 森を大切にしない結果

木津川・宇治川・桂川から流れて来る土砂で淀川も河床が上がり 大きな堤防や川を付け替える工事を行わざるを得ないのもここに起因してる といってもよいでしょう。 その時々の人間の都合だけで自然を返り見ようとしなかった結果が とてつもない、公共事業を強いられる現在にも共通してる様に 思えてなりません。


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