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熱い想いを語るトーク・トーク 9

第2回ベトナム訪問について

山城町  湯浅晃 


 (1)まえがき
 
 私は1998年1月24日から27日にかけて、妻万左子とその姉とともにホーチミン市を中心にベトナムを訪問しました。
 私たちが1960年代から1975年にかけて、日本で、アメリカのベトナム侵略戦争反対の運動をおこなったでこと、そして中ソ対立などの複雑な国際情勢にもかかわらず、ベトナム人民がアメリカに勝利して、独立をかちとったことを年頭においての旅行だっただけに、深い感銘を受けました。そのことを話すと、もう一度ベトナム旅行を計画せよということになり、4年ぶりに私の呼びかけで今度のベトナム訪問が実現しました。参加者は24名で、富田秀信氏(国際ツーリスト・ビューロー)に案内していただきました。京都年金者組合と平民退教の会が、この旅行を後援してくれました。

 (2)   主な日程:2002年1月10日〜1月15日

 私たちは、最初ハノイを訪問しました。そして、ホーチミン市とその北、クチのトンネル、その南のミト市と民族解放戦線の拠点であったメコン・デルタの一部を訪れました。
 ホーチミン市では、戦争証蹟博物館を訪問し、バン副館長、元解放戦線兵士のクワン・ホンの両氏、20歳になったドクちゃんと懇談しました。そのあとの昼食会に、ドクちゃんは可愛い恋人をつれて参加し、そのあと恋人を単車に乗せて元気に帰っていきました。
 クチでは、地上ではアメリカ軍が枯葉剤で草木を一掃して制圧し、地下では解放戦線と人民が、250キロものトンネルを掘って生活し、アメリカ軍に攻撃を加えるといったつばぜり合いがくりひろげられました。メコン・デルタは、アメリカ軍がもっとも攻勢にでた時期でも、解放戦線の根拠地であったところで、今もゆうゆうと大河が流れていました。

 (3)   私の簡単な感想

@一部をみただけですが、ベトナムには活気があり、まだ貧しいが多くの国民が未来に希望をもって生きているようにみえました。20年から30年ののちには、生活も大幅に改善されているでしょう。
Aアメリカがのこした侵略戦争の傷跡はふかく、いまだに多くのベトナム人民を苦しめています。ベトちゃん、ドクちゃんのような障害を受けた子どもがたくさんいます。私たちと懇談した元兵士も、昼食を辞退して、夫人が長女を戦争でなくして、いまもなお精神不安定のために、帰宅せざるをえませんでした。そのなかで、ドクちゃんの希望に満ちた姿を見て、涙を抑えることができませんでした。
 アメリカは、侵略戦争の深刻な傷跡に誠実に対応しなければなりません。また、この戦争に加担した日本政府も、もっと注意をはらう必要があります。
B20世紀は、戦争の世紀だといわれてきました。しかし、民族の独立や人権の尊重もおおいにすすみました。 
 とりわけベトナム戦争は、アメリカ帝国主義を打ち破った民族独立の正義のたたかいであり、ロシア革命や中国革命と並ぶ20世紀の壮挙と評価すべきでしょう。ベトナム人民のたたかいは、21世紀でも世界に大きな影響を与えるでしょう。
(2002年1月20日 本稿は、ある集会で話した内容の要約です)


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