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熱い想いを語るトーク・トーク 2

知恩院の晩秋に想う

京都南法律事務所 弁護士 岩佐英夫

 秋深い夜、ライトアップされた知恩院に妻と出かけました。暗い水面に映える紅葉の美しさを堪能したあと、三門(重要文化財)の下で開かれたミニコンサートは印象深いものでした。この夜は中国民族楽器の演奏でした。足もとにしのびよる寒さに耐えながら、琵琶や二胡などが奏でる、つややかな音色、中国の民族音楽や「平城山」など懐かしい日本歌曲を交えた演奏は、しばし時の経つのを忘れさせてくれました。
 音楽の喜びに浸りながら、こうしたひとときを過ごせる平和のありがたさが改めてしみじみと胸に染み透りました。かっての侵略国日本で、演奏する中国の人々。聴衆は日本人だけでなく、少なからぬ外国人も。
 舞台は法然上人ゆかりの知恩院。法然は美作国の領主のひとり子として生れ、9歳のとき父が夜襲され、死に際に父が「恨みを恨みではらしていくと、人の世に恨みのなくなる時はない。出家して誰もが救われる道を求めよ」との遺言を残し、この遺言に従って修行と勉学に励み、鎌倉仏教改革の鏑矢となる浄土宗を開宗したと、知恩院のパンフレットには記されています。
 この三門の北隣には「京都解放運動戦士の碑」が建っています。この碑は、故山本宣治代議士や蜷川虎三元京都府知事ら、京都の地で進歩と平和、民主主義の前進のために尽し、志半ばにして亡くなられたさまざまな有名・無名の人々の銘牌が大切に保存されています。この敷地を知恩院は永代無償で提供してくださっています。敷地を貸してほしいと申入れのあったとき、知恩院の会議では反対論が強く難航したそうですが、1人の僧侶が「法然上人もさまざまな法難に遭われながら衆生を救うために尽された。社会をよくするために努力した人々をたたえる碑こそ、法然上人の意に沿うのではないのか」と熱弁をふるい、衆議一決したと伝えられています。この碑の所在は知恩院のパンフにも紹介されています。
 帰り道、いろいろ思いが巡りました。琵琶の起源は遠く西域・ペルシャ・アラビアに遡るそうです。国家や、民族、宗教、人種を超えてともに平和に音楽を楽しめる日が、報復戦争の空爆の恐怖にさらされているアフガンの人達にも1日も早く訪れてほしいと強く願わずにはいられません。
 それにしても、報復戦争参戦法が成立してしまった今、私達にできることはなんだろうか?と胸が痛みます。先日、青年法律家協会40周年の集いの講演で坂井龍谷大学教授(もと共同通信記者)が、「中近東の人々は日本人に好感と敬意を抱いてきた。それは、日本がかって中近東までは侵略の爪を伸ばさなかったこと、平和憲法9条を持っている国であることが最大の要因であり、もうひとつはアジアのなかで唯一高度に産業を発達させ先進国の仲間入りしたことだ。こうした日本こそアフガン問題を仲介するにふさわしい国である。」との趣旨の話をされました。
 報復戦争参戦法はこうした好感を真っ向から踏みにじるものです。
 いまからでも決して遅くない。「憲法9条があるから『国際貢献』ができなくて恥ずかしい」と思う勢力がのさばる国ではなく、「憲法9条こそ日本がアジアと平和に共生できる道、世界の平和に貢献できる道」との確信を国中に広げたい。憲法9条への攻撃が強まる今こそ。坂井教授の話はこれこそ現実的な基盤をもつことを示しています。



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