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“「学研都市」に住んで”

精華町光台 信田宜司
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阪神淡路大震災の年の4月、奈良市から精華町光台に越して来た。街開きから4年が経過していたが、公団が建設した一角を除いては家も少なく、空地とやたら広い道路が目立つ山の上の新興地で、周囲にはまだ手つかずの山林も散在して気分をなごませた。当初の開発計画では学園前駅から国道163号線に出る道の延長のような形で、メインのアクセス道路ができる予定だったが、買収ができないで工事がストップし、今は別のアクセス道路に頼っている。

道路さえそんな成り行き任せで開発し、鉄道やバス路線など公共交通網の整備はおろか、町役場への足の確保も十分でないまま見切り発車した山の上の町は当時の新聞記事に『陸の孤島』と書かれ、今やっと駅へのバス路線だけは確保された。しかし、そんな交通事情の下で出発し、今でも奈良など他の町に買物を依存することが多い街は、どの家にも2,3台の自動車とミニバイクなどがあり、駅や学習塾への送り迎えは無くならない。 「学術研究」都市として、企業や公共の研究機関を誘致する目的でできた町だが、バブル期が過ぎて見ると研究所の用地も空地が目立ち、企業からお荷物扱いされている研究所も多いようだ。

「先ず開発をして後から優遇条件で誘致企業を探す」そんなやり方はとっくに破綻している。「学研都市」のメイン・クラスターとして最初に開発された光台でさえ、研究所用地にも住居用地にも空地が目立っている。その後、木津や京田辺・津田地区のクラスターが開発され、いままた高山、下狛の開発が強行されようとしている。その度に山と緑が削られ、アスファルト道路と土壌を持たない空地が増え、自動車と電力消費が増え、過疎地や大都市で学校が廃校になる一方で開発地では新たな学校や幼稚園が必要になる。遠距離通勤で身も心もくたくたになり、交通費が増える。親世代も子世代も核家族化し、子育てや料理・伝統などの知恵の継承が途絶え、若い親は子育てに悩み、その子は常識の形成ができず、老夫婦や独居老人は孤独感に悩んでいる。過疎地も人口急増地も森が失われている。

こんな矛盾はどこから起きたのか。誰が「所得倍増」、「列島改造」、「ウサギ小屋からの脱出」、「マイホーム」を煽ったか?誰がこの流れを決定的にした『バブル』を煽り、日本経済と環境をめちゃくちゃにしたのか?「構造改革」をいうなら、その根本の反省にたって“開発優先”の “構造”を“改革”することが不可欠である。新たな「開発」はすべて廃止を前提とすべきだ。

もともと、「開発」している山や森は農業に不可欠な里山だった。減反を押し付けられて農業を続けられなくなった人たちが、不要になった里山を不本意に現金化して「学研開発」に協力させられた結果が、今の光台や精華台、梅見台・州見台である。そのために削られた山や緑の自然サービスは二度と戻らない。

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