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市町村合併を考える 
     
「小さくても元気な自治体シンポ
in高知」に参加して
     谷上晴彦(宇治市在住)

 2002年1月26日、高知市で自治労連が主催する「小さくても元気な自治体シンポin高知」が開催されました。町の将来にとって合併はどうなのかを考えるうえでたいへん参考になるお話を聞くことができました。シンポは、パネラーに西森・中土佐町長、東谷・馬路村農協常務理事、古川・高知大講師、武下・自治労連副委員長、コーディネーターは保母・島根大学教授。地元の町長さんらを含め約240人を越える参加がありました。最初、保母武彦・島根大学教授が「「住民自治を生かし、豊かな農村をつくるために――合併しないで地域を繁栄させる『もう一つの道』を提言する――」と題して講演がありました。その後、各パネラーから報告があり討論を行いました。  

  1.「昭和の大合併」の検証(安芸市の例)

 高知大学の古川先生が、「昭和の大合併」の検証(安芸市の場合)をレポートされました。昭和の大合併のとき合併(昭和29年)して安芸市になった山間の村「旧・畑山村と旧・東川村」と馬路村の合併後の推移の比較がなかなか教訓的です。安芸市は高知県の東側に位置している合併当時3万1千人、現在2万2千人の市です。安芸市の東川地区、畑山地区は山間地で、その隣接には馬路村があります。馬路村はゆずの生産・加工で全国的に有名で元気な村です。なお馬路村は昭和の合併当時、最初、全会一致で合併を決めましたが住民運動で合併を取りやめ、独立した自治体です。古川先生ご報告された資料の一部を紹介します。

表1.安芸市合併までの経過  

明治22年

1889年

明治28年

1895年

昭和18年

1943年

昭和29年

1954.8.1

安芸村

安芸町

安芸町

穴内村併合

安芸市

黒鳥村

伊尾木村

同左

同左

川北村

同左

同左

東川村

同左

同左

畑山村

同左

同左

井の口村

同左

同左

土居村

同左

同左

赤野村

同左

同左

       資料:高知県市町村合併史(1974)

表2 地区別人口の推移                     単位:人、%

地区名/年 1954 1962 1969 1975 1980 1985 1990 1995 2000 54-00比較
安 芸 12,452 14,211 11,627 11,422 11,652 11,435 10,497 10,101 9,680 -22%
伊尾木 3,450 3,217 2,940 2,816 2,694 2,737 2,506 2,397 2,253 -35%
川 北 2,499 2,433 2,270 2,256 2,495 2,718 2,943 3,086 3,083 23%
東 川 2,804 2,394 1,701 1,179 907 758 633 602 506 -82%
畑 山 2,091 1,955 1,493 981 677 545 460 416 368 -82%
土 居 2,017 1,954 1,936 2,053 2,192 2,327 2,247 2,296 2,210 10%
井ノ口 3,647 3,140 2,843 2,801 2,825 2,852 2,832 2,749 2,540 -30%
赤 野 2,198 1,902 1,779 1,531 1,580 1,637 1,621 1,618 1,539 -30%
市 計 31,158 31,206 26,589 25,039 25,022 25,009 23,739 23,265 22,179 -29%
   資料:高知県市町村勢要覧、安芸市市勢要覧
この表から、人口が周辺地区、特に山間部で激減していること、商業地近辺地区への人口が集中していることが分かります。

表3 地区別小学校児童数の推移

1955年 1955年 2000年 2000年 比較
地区名 小学校数 児童数 小学校数 児童数 児童数
伊尾木 471 115 −76%
川北 355 174 −51%
東川 403 −98%
畑山 280 皆滅
井ノ口 500 136 −73%
土居 268 151 −44%
安芸 1760 503 −71%
赤野 300 74 −75%
総計 20 4337 11 1162 −73%
資料:安芸市資料
 この表から、市全体で昭和30年と比べると児童数は73%減少(人口減少率は29%)していますが、周辺地区、特に山間部(東川・畑山地区)は大変な状況です。ゼロまたは一桁の児童数です。

次に、市会議員の選出地域を見てみましょう。

表4地区別選出議員数の推移

地区名/年度 合併前 1954 1958 1962 1966 1970 1974 1978 1982 1986 1990 1994 1998
安芸 26 26 12 8 11 9 9 9 8 8 10 8 9
伊尾木 16 16 4 2 3 4 2 4 3 3 3 3 3
川北 16 16 4 1 2 1 3 3 4 4 2 2 1
東川 16 16 4 4 4 2 2 2 0 2 2 2 1
畑山 16 16 4 4 2 1 2 2 0 0 0 0 0
土居 13 13 4 2 1 2 2 2 3 2 2 2 3
井ノ口 16 16 4 4 2 4 4 2 4 5 3 4 4
赤野 16 16 4 3 2 2 1 2 4 3 2 1 1
市計 135 135 40 28 27 25 25 26 26 27 24 22 22
資料:安芸市資料

   周辺地域の住民の声が、議会に反映しずらい構成ではないでしょうか。

つぎに、東川地区、畑山地区の人口・児童数をよく似た隣接の馬路村と比べて見ましょう。

    表5安芸市周辺地区と馬路村の比較

安   芸   市 馬路村
畑山地区 東川地区
1954年 2000年 1954年 2000年 1954年 2000年
地域面積 8,884 16,395 15,715
耕地面積 134 151 104
森林面積 8,126 13,701 15,860
  国有林 1,070 5,378 11,850
  民有林 7,056 8,323 4,010
人口 2,091 368 2,804 506 3,242 1,195
世帯数 441 178 645 253 860 520
児童数 289 0 397 9 450 69
資料:高知県市町村勢要覧、馬路村村
合併時の地勢的条件は若干違う
        東川・畑山地区は民有林が優越、馬路村は国有林が優越。しかし国有林事
業所等は何れにも存在。合併時の人口規模には格段の差はない。
 
 人口の減り方、とりわけ児童数の差は歴然としています。この差はなぜ生まれたのかについて、古川先生は、「自治体、各種団体労働者の存在、地域産業の存在、生産奨励金や山村留学への取り組みによる」と指摘されました。

 安芸市にとって、昭和の大合併は何だったのだろう。古川先生は、道路・施設整備などのメリットの一方、周辺地域(特に山間地域)の疲弊などを上げられました。最後に「市の意思決定プロセスに地域住民が参加し、地域振興の主体となることができたのだろうか?」と話されました。

  2.各パネラー、コーディネーターの発言から

 報告をすべて紹介する時間がありませんから、記憶に残った発言を紹介します。

(1)古川先生が畑山地区に調査に行ったときのお話。

畑山地区は1980年に一般電話がついた。地区の婦人たちが、ある大会に参加して「自分たちで要求を出してもいいことを知った」。それで一般電話をつけるために市会議員や国会議員に働きかけて電話がついた。それが今からわずか20年前の1980年。婦人が、お話の最後に「ウチらは捨てられたんよネ」とポツンと語ったそうです。児童数がゼロになった地域の苦悩を語っていると思いました。古川先生は、「数合わせだけの合併をすれば、第二、第三の畑山地区が生まれる。」と強調され、「能力を超える規模の合併はダメだ自分たちを大事にできる規模でないとダメ。」と話されました。

(2)西森・中土佐町長はカツオの町づくりなど話されました。

(3)馬路村は、昭和の合併時に、安芸市への合併を拒否。いま同じような山間地域で安芸市に合併した畑山・東川地域の児童数は現在、皆減、一ケタまで減少。馬路村も減ったけれど69人もいる。この差は何だと思うかと質問された馬路村農協の東谷さんは「@若者が働く産業の問題。全国的に林業が衰退していったが馬路村は産業(ゆず)をつくってきた。A小学校を残したこと。かつて私は『学校を合併してクラブ活動ができる規模にしよう』と訴えたことがある。が保護者の方が『学校がなくなれば、村を出る』と言われた。
働く場、子どもの教育の場がないと、若者は住まない。この差だと思う」。と語られました。

(4)東谷さんが「
馬路村は、広い道路に整備しないことにした柚子の取引などに馬路村に北人から『苦労して馬路村にたどり着いたときの感動は忘れられません』といった手紙を何通か受け取った。広い二車線道路で、難なく馬路村に着いたのでは何の感動もないから、今までの道路のままにしている」と語られました。こういう町づくりで、住民合意ができる町の規模について考えさせられました。

(5)保母教授のレポートに「長野市に合併した松代と、合併しなかった小布施町」があります。この比較も興味ある私的がありますが、割愛します。
保母先生は、「市町村合併とは政治と行政の合併問題のこと。国は行政の合併のことばかり、行政効率ばかりいう。政治とは自分達の町について意思決定することであり、自分達のことを大事にして決定できる規模であることが大事だ。小さくても頑張る自治体には、地域にある産業や文化、人材などの財産を磨いて、ナンバーワンではなくオンリーワンをめざした取り組みがある。わたしはそれを内発的発展と言っている。内発的発展を進めるためには、その地域に責任をもつ役場があり、行政単位で地域の発展から逃げられない農協等の経済団体や文化団体などがある。とまとめられました。