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市町村合併を考える 
             「市町村合併を考える」の連載を京都自治労連の機関紙からの転載で紹介いたします。
 
 「2005年3月末までに市町村合併すれば様々な財政支援を行う」と国は合併に向けた誘導策を定め、そして合併に向けたやり方も次第に権力的になっています。いうまでもなく、地方自治は、そこに住む住民が、住民の意思に基づいて自治体のことを決めることが基本です。自らが治める自治体の規模をどれくらいにするかということは、地方自治にとって根幹的なことですから、合併するかしないかは(あるいは分離することすら)、そこに住む住民がよく話し合って決めることです。
 京都自治労連は、アメとムチで国が強引に合併を押し付けることに反対です。住民の暮らしと権利、地方自治を守るために、京都自治労連は住民のみなさんと一緒に考え、運動を広げていきたいと考えています。今日の合併をめぐる問題を連載で明らかにしたいと思います。

 1、なぜいそぐ、地方自治のゆく先は?
 
 
まず最初に、なぜいま市町村合併なのでしょうか。
「地方自治体を変えよう」という動きが強まっていますが、その背景に、(1)これまでの日本経済や政治の矛盾の広がりがあります。深刻な不況の長期化、国・地方の財政危機に示されるように、経済政策の破綻と行き詰まりに直面する一方で地方政治変革の前進の動きです。(2)経済のグローバル化に対応した国内体制づくりという財界・与党政界の狙いが、あげられます。政府の役割を外交、重要政策の決定などに移し、地方自治体を国民生活と国内政治の「安定」に役立たせようとしています。基礎自治体を中央直結にし、府県制を廃止し道州制の導入も狙われています。小選挙区制、自衛隊派兵、憲法改悪などもこの延長線上にあります。財政危機のなかで社会保障の縮小、自立・自助、そしてコスト競争に勝てる競争社会の実現をめざしています。こうした背景のもとに、国は市町村合併を強引に推進しています。
 95年に合併特例法が改正され、98年には経済戦略会議が「日本経済再生への戦略」で民間委託と市町村合併(市町村を少なくとも1000以下に)推進を答申。地方交付税算定方法を変更し人口4000人未満の市町村への交付税額の段階的削減を開始、99年には合併特例法を再度改正、「市町村の合併についての指針」発表。00年には「行革大綱」で市町村合併・公務員制度改革・IT革命を閣議決定、経団連が「地方行財政改革への新たな取り組み」を発表し市町村合併・IT革命・公務員改革を唱えました。
 財界と与党政界の願いを体して今日の市町村合併が推進されています。形式的には「自主的合併」を奨励しながらも、住民の暮らしや権利を守り、地方自治を守り発展させる立場が欠落していると指摘せざるをえません。以降、具体的にみていきたいと思います。

 2、どれだけの規模の自治体が適正か

 市町村の適正な規模はあるのでしょうか。地方自治法では「地方公共団体は、常にその組織および運営の合理化に努めるとともに、他の地方公共団体に協力を求めてその規模の適正化を図らなければならない」(第二条一四項)としています。同法では「適正な規模はある」との認識です。「他の地方公共団体に協力を求めて」とは、(1)一部事務組合等、(2)合併や分離等(廃置分合)のことを指しています。同法七条で「市町村の廃置分合......は、関係市町村の申請に基き......」と述べているように、合併だけに目が行きがちですが、同法は適正な規模にするためには分割・分立も想定しています(発議するのは、国ではなく市町村であることも確認しておきましょう)。
 それでは、財政効率からみた「適正規模」はあるのでしょうか?表は、実証的な研究で明らかにされたグラフです。人口が増えれば増えるほど、住民一人当り経費が少なくなるのではありません。経費が最小になるのは、大阪府内の都市では人口約十七万五千人です(農村では異なります)。
 次に、政策論からみた「適正規模」はあるのでしょうか?介護サービスを想定すると、一人ひとりのお年よりの状況を把握し、きめ細かなサービスを提供するには、自治体規模が小さい方がいいでしょう。しかし介護認定業務の人材確保には一定規模が必要です。このように「政策面から見た適正規模は、政策によって異なる」のが実態です。
 一般的な感覚として「大きいことは良いことだ」「発展とは大きくなること」「スケールメリットが発生する」と思いがちですが、市町村の「適正規模」を論じる場合には錯覚です。しかし政府は、国民の錯覚を利用して「大きくなることは良いことだ」と宣伝を強めています。このことは、心しておくことが大切です。
 
 3、自治体は住民のもの くらし・権利・自治を守ることが優先
 
 自治体の規模を考えるうえで、「地方自治体は何のためにあるのか」を踏まえる必要があります。「地方自治の本旨」は住民自治、団体自治を指しています。住民自治とは、地方自治体のことは住民の意思に基づいて決定し、住民の参加によって執行すること。団体自治とは、地方自治体は、方針の決定や執行全体について、国(中央権力)に対して自主的であるということです。地方公共団体の役割について地方自治法(第1条の2)は地方公共団体は、「住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」と規定しています。
 地方公共団体の性質や事務については、「市町村は、基礎的な地方公共団体」と規定され、市町村が処理する事務は「都道府県が処理するとされているものを除き、一般的に、前項の事務を処理する」「ただし......当該市町村の規模及び能力に応じて、これを処理する」と規定しています。基本は市町村だが、市町村の手にあまるものは都道府県が事務処理することになっています。
 このことを裏づけるように最高裁判決は、基礎的地方自治体の意味について次のように述べています(1963年)。「単に法律で地方公共団体として取り扱われているというだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識を持っているという社会的基盤が存在し、沿革的に見ても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を付与された地域団体であることを必要とするものというべきである」
 最高裁判決は、住民自治、団体自治の中身を分かりやすく表現しているのではないでしょうか。自治体の規模は、住民の福祉の増進のために住民自治・団体自治を実践できる規模でなければなりません。
 そのために地方自治法は、一自治体で解決できない場合は、一部事務組合や広域行政、都道府県との事務の調整など廃置分合以外の方策も想定しています。住民の暮らしと権利、地方自治を守る観点から、考えることが大切ではないでしょうか。

 4、自治体は大きければいいのでしょうか
 
 市町村合併を推進する意見として、よく次の意見が紹介されます。
(1)「地方分権の推進に対応しなければならない」「個々の市町村が責任をもって住民サービスできるように自立が必要。小規模では困難」というものです。
 しかし、自治体が事務処理する方法は、市町村が一自治体で事務処理する方法も、近隣の市町村と協力して事務処理する方法(一部事務組合等)も、都道府県との話し合いで都道府県が事務処理する方法もあります。
 地方分権とは、基礎的自治体(市町村)の権限が強化されることこそが、第一の目的です。この権限の核心は、事務の量ではなく、自治体の自己決定権です。
 地方分権推進のために政府が進めなければならないことは、合併の押し付けではなく、権限とそれにみあった財源の委譲(地方交付税の拡充、税源委譲)です。
(2)「広域的な行政需要に対応するために合併が必要だ」というものです。
 住民の日常生活圏が拡大していることは事実ですが、一部事務組合や広域連合で、さらに広域な事務なら都道府県で対応できます。国の「合併推進の指針」では、一部事務組合は「責任の所在が不明確」「迅速、的確な意思決定ができず」などと批判しています。一部事務組合は、法律で規定された特別地方公共団体の一つとして独立した地方自治体です。国の批判は、
 第一に、地方自治法の定める広域行政制度の意義を否定。
 第二に、市町村が事務処理の方法を自主的に選ぶ権限を無視。
 第三に、現実の広域組織に対する誹謗中傷ともいえる。
「迅速・的確......」との言い分は、現実の広域組織への挑戦です。いくつもの市町村が共同して事務を行う場合、利害が対立したりするのは当然のことで、時間をかけてしっかり討論することが求められます。そのための共同組織ではないでしょうか。この延長線上では、かりに合併すれば、小人数の地域の意見は、簡単に無視されてしまいます。
 たしかに現実の広域行政組織には、住民参加が不十分であるなど、問題点もあります。しかしそれは、一歩一歩改善していく課題であっても、制度を否定したり、合併によって解決するものではありません。かりに合併をしても必要に応じて広域行政が設置されることは明らかだからです。

 5、合併すると本当に財政は豊かになるのでしょうか?
  
  推進勢力の論拠を斬る

 前回に引き続き、市町村合併の必要性を主張する論について考えてみましょう。
(3)「少子高齢化に対応するために合併が必要だ」
 しかし、東京都の合計特殊出生率1.03、沖縄県1.79を見るだけで、少子高齢化は人口規模が小さいから起こったのではないことは明白です。
(4)「合併すると厳しい財政状況に対応できる」
 まず、市町村の規模といまの財政危機とは無関係です。現在の財政危機の主な原因は、90年代に借金によってすすめられた公共事業投資政策、国の失政による長引く経済不況による税収不足です。
 
 莫大な借金が残るだけ

 第二に、農林水産業を主産業としてきた地域の財政困難は90年代以前からです。政府の産業・経済政策が、農林水産業を弱めてきました。
 第三に、倒産が相次ぐ都市の地域産業と財政危機の問題でも、合併すれば現在の経済不況がなくなるものではありません。
 第四に、困難な地域経済の足下を見るかのように、合併する市町村には国の「手厚い」財政支援がされます。しかし、国の財政支援策は10年または15年と、期限をきって行われます。長期的な展望を持つべき地域経済のプログラムには本来そぐわないものです。また、地域経済活性化への一時的な「引き金」と位置付けるにしても、支援策のほとんどが建設事業にあてられる性格のものです。これまでの公共事業に偏った政策が景気回復に役立たなかったように、農林水産業や地域商工業全体の困難を打開する道を切り開くことにはならないでしょう。

 地域経済の活性化に努力を
 第五に、合併すると確かに財政規模・総額は大きくなります。住民から見ると安心感を与えるかもしれませんが、ある種の「錯覚」です。「貧乏な団体」が寄り集まっても「金持ちな団体」に変わることはありません。財政力が弱い根本原因は、地域経済の困難。合併によって解決できるものではありません。

 6、広域化で地域の利便性はたかまるのでしょうか?

 合併によって住民の利便性が高まるという意見について考えてみましょう。
 (1)「利用が制限されていた近隣の保育園、図書館やスポーツ施設などの利用範囲が広がる」という意見がありますが、何も合併しなくても実現できることです。他市町村の保育園に子どもを通わせることは古くからされています。図書館の間で協定を結んで、他市町村の図書館の本を借り、自分の市町村の図書館に返却することもされています。スポーツ施設の利用もルールをつくれば解決することです。
 (2)「高齢社会の生活像に向き合う行政を作るために」という意見もあります。
 隣町の施設が使えるようになることが、高齢者にとってそんなに喜びなのでしょうか。高齢者の日常的な生活圏の研究によると、徒歩で外出できる範囲を基礎として自宅から500メートル以内というのが有力な見解です。この範囲に八百屋など商店、集会所、図書館、保健医療・福祉施設、役場などがあることが、高齢化社会には求められるのではないでしょうか。
 次に、合併によって行政サービスが高度化、専門化できるという意見について考えてみましょう。
 (1)「行政の効率化」と両立するのでしょうか。合併の目的の一つは、職員数、議員数を削減して行政のスリム化を図るというものですが、ここでいう専門職の採用と両立するのでしょうか。また、小泉内閣の「骨太方針」では、「民間でできることは民間で」の方針で医療・介護・福祉・教育などに競争原理を導入しようとしていますが、両立するのでしょうか。
 (2)行政サービスの専門化、高度化への対応は、なぜ合併ではなく、広域行政システムの活用ではダメなのでしょうか。例えば、医療分野では現に一部事務組合で医療機関を作っているではありませんか。
 (3)「合併によって行政サービスを向上させる」というのは、現在の小規模市町村の行政水準が低いとする思い上がった意見ではないでしょうか。現実には、困難な条件を押し返して、たいへん高い行政水準を達成している小規模市町村の実例は、全国府内に数え切れなく多くあり、脈々といきづいています。

7、「広域的な視点にたったまちづくり」は何をねらうのでしょう

 市町村合併の効果として「広域的な視点にたったまちづくり」が可能という意見があります。例えば、(1)広域的視点に立って、道路や公共施設の整備、土地利用、地域の個性を活かしたゾーニングなど、まちづくりをより効率的に実施できる。(2)環境問題や水資源問題、観光資源など、広域的な調整、取り組み等を必要とする課題に有効に展開できる、と。
 これらの意見のなかで、例えば、環境問題や水資源問題、観光振興などの課題について、広域的な調整や取り組みが必要ということは、そのとおりでしょう。しかし、市町村合併によらなくても十分に対応可能です。市町村同士の利害が対立する場合もありますが、そのときは粘り強い努力が重ねられてきました。それを大きな自治体をつくって「効率的に」解決しようとするのが市町村合併の目的ですが、地域の問題を「少数意見として効率的に切り捨てる」のがいいことでしょうか。
 合併によって広域的な観点に立った「重点的な投資」が可能という意見もあります。これを一言でいうと、市町村合併は大型開発の条件整備ということになります。合併後の自治体の中心地に大型公共施設がつくられ、他の地域は周辺地域扱いになります。「重点的な投資」は、地域格差を広げる可能性があります。
 これに対して、「合併協議にあたっては格差が生じないようにする」とか「地域審議会の制度によって、格差は解決できる」と弁護されます。地域審議会とは、合併する関係市町村の単位ごとにつくることができるもので、その目的は、合併後の長の諮問に答えたり、意見を述べたりすることです。
 しかし地域審議会には次のような問題があります。(1)必ず置くことにはなっていない。(2)審議会だから公選制ではなく、審議委員が偏る可能性。(3)何を審議するかは合併協議会に委ねられている。(4)地域審議会は合併後一定期間(五年ないし十年)が過ぎたらなくなる。しかし問題はそれから。(5)審議会だから、出された意見を、新しい長が必ずしも実行しなくてもよい。新しい自治体の長も議員も、旧市町村の人口規模によって左右される。「周辺地域」の切捨ての心配が高まります。


8、合併すると10年後は確実に、大幅に減少する交付税


 市町村合併の押し付け策の大きな一つが、地方交付税の悪用です。小規模自治体への交付税の削減と、一方で「交付税の算定替」です。
 全国の自治体は、人口や企業の数が異なるので税収に大きな差があります。自治体ごとの税収の差をならし、全国どこでも一定水準以上の行政サービスを提供するために、国税の一定割合を地方自治体に配分するのが地方交付税です。
 自治体間の財政力の調整を行い、すべての自治体に基本的な財政力を保障し、地方自治の本旨と地方自治体の独立性を強化することを目的にしています。そのため、自由に使える総額が、実際の行政に必要なだけ確保されている、配分が適正(小規模自治体ほどコストがかかるので「段階補正」で割増するなど)であることなどが法律で決められています。
 政府は、この段階補正を見なおし、小規模自治体の交付税を削減しようとしています。総務省は昨年11月、人口10万人以下の段階補正の見直しを表明していましたが、1月21日、02年度から3年かけて削減する方針を固めたと報道されています。
 一方、合併すると人口規模が増えるので合併後の交付税は、合併前の自治体が受けていた交付税総額より大幅に減少します(合併推進の狙いの一つ)。これでは合併が進まないので、合併後10年間に限って合併前の交付税総額を保障し、その後5年間の経過措置で合併後本来の交付税に減らすというのが、交付税の算定替です。そのため、10年後には確実に大幅に減少します。
 交付税制度を悪用した合併の押し付けは、交付税制度の趣旨からも絶対に許せません。

9、合併後10年は特例債(借金)を湯水のように大型建設事業に投入
 
 国が進める合併支援策の柱の一つが「合併特例債」です。合併後10年間、新市町村まちづくりのための建設事業費等に特例で起債(充当率95%)を認め、その返済額の70%を交付税で措置するというものです。その事業費規模は自治体の年間予算に匹敵する莫大さで、しかも使途のほとんどが建設事業に限定されています。
 特例債を活用できるのは、合併特例法の期限内(05年3月31日)に合併した場合なので、本当に合併が住民の幸せになるのかどうか十分な検討もなく、住民合意のない無理な合併を急ぐ大きな理由になっています。
 この特例債は「アメ」といわれていますが、味は「たいへん苦い」ものです。
 この仕組みは、90年代に景気対策と称して国が全国の自治体にムダな公共事業を押し付けた手口と同じです。その結果が今日の、国も自治体も借金漬けの財政破綻です。
 莫大な建設事業費を10年間で使い切ることを目的に、必要性を十分吟味せずムダな事業を行うモラルハザードの恐れがあります。自治体は通常業務を行いながら、さらにこの莫大な建設事業を行う必要から、計画から建設まで全国大手の業者に丸投げする恐れも。自治体に残るのは大型施設の維持管理だけということになりかねません。
 起債をするのは国ではなく、自治体です。戦後の「昭和の大合併」の時、政府は同じように財政支援を約束しましたが、約束の6割しか守られなかったといわれます。当時は高度成長でまかなえましたが、いまは低成長の時代です。「特例債バブル=建設ラッシュ」で、財政危機がさらに進行し、将来の住民にツケをまわすことになりかねません。
 下手すると麻薬かもしれない特例債に目を奪われることなく、町の将来、住民の幸せにとって町の規模はどうなのかを、時間をかけて住民的に論議し、住民に是非を問うことが大切ではないでしょうか。

 10 合併して疲弊した村と小さくてもガンバル自治体の差はどこから生まれた?

 1月26日、自治労連は高知市で「小さくても元気な自治体シンポ」を開催しました。 パネラーに馬路村農協の東谷専務理事、中土佐町の西山町長ら、コーディネーターは保母武彦・島根大学教授、参加者は224人でした。 合併問題を考える上で示唆に富む報告・発言がありました。
 安芸市は昭和29年、八町村(山村の畑山村、東川村も)が合併して発足しました。一方、同じ山村である馬路村も安芸市に合併する予定でしたが、村民の反対で合併を取りやめました。 それから約半世紀たった村の状況は表のようになっています(高知大・○○講師が報告)。 児童数は東川地区がゼロ、畑山地区は9人。馬路村は69人です。 合併を選択した東川・畑山地区は、疲弊してしまいました。
 一方、馬路村は、柚子(ゆず)で全国的に有名になり、人口1200人の村で柚子の生産高は27億円にもなります。 「この違いはなぜ生れたと思うか」と質問された東谷氏は、「馬路村は、(1)林業が衰退するなかで若者の働く場を作るために柚子の生産・加工・販売に必死の努力をしてきた。(2)学校を残したこと。働く場と教育の場がないと若者は村から出て行く」と答えました。
保母教授は、小さくても元気な自治体の特徴は、(1)寝ても覚めても町の将来を考える役場の存在(首長、三役、議員、職員)、(2)地元の経済発展の課題から逃げられない地元に責任もつ経済団体(商工会や農協等。馬路村農協は村単位の農協)や文化団体の存在。(3)地元にある財産(産業、文化、人材など)に磨きをかけた内発的発展に努力している、などと述べました。
 また、市町村合併とは「政治の合併」と「行政の合併」のこと。政府は「行政の合併」ばかりを強調し、その効率化を言う。「政治」とは、町の歩む方向を決めること。合併して周辺部になれば、その地域の「政治」機能が低下してしまう、と述べました。
 政府による脅しともとれる、小規模自治体への交付税削減による合併の強要。この脅しに屈して、町民に是非を問わず、既成事実の積み重ねによるなし崩し合併への誘導は大問題です。身近な「政治の単位」=市町村を残すことは、町の将来と住民の暮らしにとって重大と改めて感じました。
 


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