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| 市町村合併を考える | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| [運動レポート] 府南部の市町村合併に反対し、地方自治を守る運動を進める 住民と自治体労働者 精華町職員組合 尾崎立治 ■地方自治体のあり方が問われている 小泉内閣は「市町村合併特例法の期限である2005年3月31日までに十分な成果を挙げるため」に、合併特例債をアメに、「年度内の出来るだけ早い時期に」と期限をせまり、強引なやり方で市町村合併を強要しています。 精華町では、1995年に学研3町(精華、木津、田辺町(京田辺市は当時田辺町)であった。)の合併問題が持ち上がりましたが、「住民にとって身近な行政として、住民とともに進めるまちづくりをめざし、町が地域を、地域が町をよくしていくという連帯感が必要であり、そのレベルに達しているかが問題であり、住民自治を高めることが大事である。」と考え、合併は時期尚早と結論を出しました。 当時助役であった、町長は突然、2001年の年頭に、「合併はさけて通れない、21世紀に生き残れるため、「相楽7町村」の合併を積極的にすすめる」と挨拶しました。 町職としては、市町村合併問題は、住民生活・地方自治体のあり方にかかわる大問題であり、また自治体に働く労働者のあり方にかかわる問題でもあり、「地方自治行政に直接携わる者として、住民の要求と自治体労働者の要求実現というたたかいそのものであると位置付けています。例えば精華町の大きな財産でもある「学校給食の自校給食は、センタ−方式により廃止される。その代わりに中学校給食の可能性がある。」など、住民はこうした選択を迫られますが、私たちは、「現状で中学校給食の実現が出来ないか」など、大胆な政策提起が出来る力を付ける事が求められているとして、2001年12月に住民にも呼びかけ市町村合併の学習会を開催しました。 ■7町村の合併賛成は少数派 一方的な合併推進のキャンペーンが行政を通じて繰り広げられる中、この学習会に参加した住民の方から「合併は賛成だったが池上先生の話を聞いて、行政主導の合併をだまって見ていてはいけない、住民の話し合いで決めるべき」などの思いが寄せられました。 この学習会が引き金となり、昨年5月に「精華の合併を考える会」が結成され、月1回の学習会やシンポを開催し、保守系の町議も参加し合併問題の議論がされました。 また、相楽郡でも相楽の合併を考えるシンポ(02年2月)や「各町村の12月議会で「法定協議会」への移行を議決しよう」とされる中で、「7か町村の合併の是非を考える住民のつどい」を木津町東部交流会館で開催するなどの取り組みを住民団体との共同で成功させました。こうした集会などでの発言の内容は、「当局の主催する住民懇談会に参加したが、意見のいいにくい雰囲気だった。とにかく財政が大変で合併しかないとの説明で、こんな状況で合併に突き進んでいいのか疑問」。一方で、「私の参加した懇談会では、参加者のほとんどが合併に反対だった。豪華な建てたばかりの庁舎はどうするのか不思議」、また、住民アンケートに触れ、「合併賛成に誘導するもの」「7町村の合併は少数なのに合併に向けて進んでいくのはおかしい」などの意見も出されました。さらには、根本に国の借金があり、そのための合併の押し付けであることに触れる発言や、「議員や職員を減らせばいいというのも同調できない」との発言や、「合併は過疎化に拍車をかけることになる、環境や食料の問題を考えれば、農山村地域こそ大切にしていく必要がある」などの発言もありました。 12月3日に開催された、第6回相楽郡任意合併協議会では、「相楽は一つだから法定協議会に移行すべき」「まともな検討がされておらず時期尚早」などの意見が出されたが、「町村長で意思統一した」として1月25日までに各町村で、法定合併協議会の議決をすることが確認されました。 ■木津町議会では合併協の設置議案を否決 各町村で、12月議会で、相楽7町村合併法定協議会設立議案が提出され、木津町議会では、12月24日の最終日に否決、精華町では、木津町議会で否決されることが予想されるもとで、当初年明けの1月の予定を繰り上げ、24日提案と木津町に合わせたものとなりました。しかし、木津町議会では、法定合併協議会の設置議案を反対12、賛成5、退場2で否決されたと、精華町議員に知らされ、木津町の議会で否決されたので、休憩を取り確認するよう求めたそうですが町長は未確認として、休憩を取らず審議を継続し強引に可決に持ち込みました。 国・府が押し付ける相楽郡7町村の合併は,木津町議会が否決したことで,事実上,とん挫しました。 こうした状況のもとで,木津町長は「今回の合併特例法による合併は閉ざされ,当面合併に関する議論は差し控えた」「新たな合併の枠組みの議論に入るのは混乱を招く。合併は当面視野に入れず,静観したいと述べ,職員に「自主自立の木津町の地域基盤づくりを担うよう」求めました。 木津町議会では、昨年7月の相楽郡7町村の任意合併協議会発足当初から「7町村の合併は時期尚早」と全員協議会で確認されていました。また、木津町が取ったアンケートでも「7町村の合併」賛成は13%と少数であり、今回の議会では「法定合併協議会の設置議案否決は住民の願い」として、木津町民の幸せを最優先したものになりました。 木津町議会議長は「7町村による合併は、木津町がこれまで取り組んできた各種事業に支障をきたすものであり、この1年は、合併を前提にした議論が先行し、庁舎建設やまちづくりなどの課題はほとんど前進していない、地方自治を担うものとして町民のことを第一に考えていきたい。」と語っています。 ■「合併するかしないかは私が決める」と精華町長 しかし、精華町では、町長が今年の年頭挨拶で、府が示した案とは違っても新たな合併の枠組みを積極的にすすめるとし学研区域での京田辺市を含む合併を示唆し、「住民の意見は十分聞いた、合併するかしないかは私が決める」と職員に訓辞をしています。 1月23日に「私のまちと言えるまちづくりを」合併しないでがんばれるまちづくりを住民と一緒に考える学習会を成功させ、住んで良かった精華町、住んでみたい精華町 に向けての新たな取り組む中で今年10月の長町選挙を勝つことが必要と確認しました。 わがまちは自治と平和のたたかいといわれる山城国一揆の最後の砦となった稲八妻城のあったところです。八年間の自治がこの地で行われ、その精神は、現代も生きているはずです。 わたしたちは、全国のトップレベルの行政水準めざし精華町職員の英知を結集し、これまで積み上げたまちづくりの基本方向や精華町の歴史、文化への愛着を、精華町の未来を、希望のあるまちづくりを示すことが自治体労働者の役割でもあると考えています。 相楽7町村の合併は、ほとんどの職員が出来ないだろうと思っていましたが、これからが本番のたたかいです。 (ねっとわーく京都 2003年3月号に掲載されたものの転載です。)
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