2月10日、朝から小雨の降る中、34人がバスに乗り込んだ。八幡、京田辺・綴喜、相楽「民主府政の会」の主催する、京都南部府政ウオッチングのバスだ。事務局の方から全体の行程の説明があった。久御山から八幡、京田辺市を通って、精華、木津、奈良から加茂町に、それから、井手町に行って新田辺駅へ、地域全体をすべて見ることはできないが盛りだくさんの「ウオッチング」、果たして4時半に帰りつけるのか?
京都市内への高速道路の乗り入れが容易でなくても、外堀を埋めれば立ち退かざるを得なくなる。どんどん工事を進めることが既成事実を積み上げていくことになる。ああ恐ろしい。公共の福祉の前に個人の人権は屈するのか?大きな大きな高速道路の橋脚の柱を見て空しさを感じる。 京田辺市にはいる。幹線道路の府道の狭さ。運転手の腕に敬意を表す。 精華町に入った。説明の方の昔話も踏まえたガイドを聞く。祝園の弾薬庫の広いこと、弾薬がなければ緑の多さ、大きさに脱帽せざるを得ない。「けいはんなプラザ」で昼食、関西学研都市展示館を見て、ビデオを観賞した。はじめて関西学研都市というものに触れた私は、広さと新しさに、「もったいない」との思いが。ここまできているんなら、国立国会図書館、「勤労体験プラザ」など意見を持ち寄り、ほんとに住民・国民に生かすことができるようにしていくことを考えねば、と思った。 同時に、学研都市へのイメージを変えた。木津町の住民の半分は、新住民。学校はじめ教育関連の債務返済に半分使う。新しい街づくり、井関川の氾濫に備えて、バイパスの地下放水路の建設。公共事業は住民のためにこそ。の思いを強くした。
わざわざ奈良から入らないと行けないような県境、産廃の跡地が点在している。この予定地ももともとは産廃の跡地だ。山を掘って、土をとり、空いた穴に産業廃棄物を埋め、うずたかく盛っていく。加茂町のこの場所では、80年代に土砂採取がはじまり、産廃は87年から投入。5年ばかり山土を掘り出し、廃棄物を埋めること10年。その後、コンクリート破砕のリサイクル。毎年、生協の運営委員を中心に観察を続けてきた。今度、業者は、RDFなどの大型産廃中間処理場を計画した。排水はださない、公害はないというが安全なのか、不安が残る。環境アセスも必要ないと府は言ったそうだが、通年のアセスをしてほしいと住民の要望が強いそうだ。この土地から流れてくる水を利用している加茂町住民の立場からすれば当然のこと。住民の不安は尽きない。 井手町でも、産廃の山は大きかった。「あとは野となれ、山となれ」といわんばかりの業者。取り締まるべき行政も後手を踏む。強制代執行も含めて根本的な解決、撤去を行う決意はあるのか?結局、責任は誰が取るのか、府は弱腰か。つけは住民に回ってくる。 南部ウオッチングは、まさに「百聞は一見にしかず」―京都府や市町村の行政のあり方が私たちの暮らしに直結していることを痛感した。洪水防止の放水路、新しい学校、みんなで出し合ったお金(税金)を何に使うのか、目に見えるところで議論がわかるようにしてほしい。行政効率をあげるために町村合併することは、住民自治や民主主義を後退させることになるに違いない。そして、完成のめどもないまま橋げたがつくられ、つながるかどうかもわからない第二名神や第二京阪高速が、何百億もかけてつくられていく。 今度の知事選挙は、黙っているわけにはいかない。(N)
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